『虚空の眼』フィリップ・K・ディック/大瀧啓裕訳

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どうして幻滅したのか。マクファイフは神を見てよろこばなかったのか。

 「高名な初期長編」と言われるだけあって、特に破綻もなくしっかりした作品だった。ネタを言ってしまえば、八人の登場人物が、その中の誰かの頭の中の世界に行ってしまうというもの。果たして、その歪んだ世界が誰の心象世界なのか……。他のディック作品にもあったと思うし、漫画や何かでもそういったテーマの作品は見た覚えがある。それでもまあ、ディックの救いがたい世界だ。どうしようもなく、やるせない。
 と、最初の世界を読みながら思った。が、どうも違うようなユーモアもある。そして、次の世界に行くと、ちょっとそのテイストはちょっと薄れる。もっとも、その世界が最も怖い世界とも言えるのだけれど、ちょっと違うんだ。そして、三つ目の世界。これはもう、何かB級ホラー的でもあって、その終結は漫画のよう。それでも、恐怖と緊張感が捉えて離さない力を持っている。
 解説を読んでみると、訳者の人が喜劇としてこの作品を読み解いていた(不本意な事情があってだけれど)。なるほど、確かにこの作品の持つ破綻の無さ、しっかりした感じは、他のしっかりしたディック作品とはトーンが違うような気もする。また、解説には幻のプロローグについても触れられていた。登場人物たちが、この作品についてコメントするという内容だったらしい。なるほど、それが付いていたならば、よりコメディ的な要素は深まったかもしれない。しかし、つきまとう不安感や恐怖感は薄らいだかもしれない。ここらあたり、ディックはかなり器用な作家でもあるんだな、と思わせる。
 もう一つ最後に解説から。本書がアメリカで最初に刊行されたときの表紙が載っていたのだ。まあ、なんというか、いかにも文字通り巨大な眼が空に浮かぶ、B級SF的なものだ。創元SF文庫の表紙とは大違い(もっとも、この作品については前者の方がイメージに近いかも知れないが)。なるほど、こんな感じなのかと思うと、逆にアメリカのSFの懐の深さを見るようでもあり、かの高名なキルゴア・トラウトの緒作品が‘むき出しビーバー’と一緒に掲載されていたことに思いを馳せずにはいられないのだ。