銀河鉄道は槇原敬之の夢を見るか?

http://www.sponichi.co.jp/entertainment/news/2006/10/19/01.html

 松本氏が「盗作」と断じているのは、「夢は時間を裏切らない 時間も夢を決して裏切らない」――というサビの部分。これが「銀河鉄道999」(小学館刊)の第21巻に登場する「時間は夢を裏切らない 夢も時間を裏切ってはならない」というフレーズに「そっくりだ」と主張している。

 この件は今朝のワイドショーで知った。問題のフレーズは、それ以前にラジオなどから何度か聴いていた。聴いて、「ん、いったいどういう意味だ?」とちょっと考えた。歌詞の意味を考えさせられることはあまりないので、印象に残っていた。ケミストリーが歌っていると知ったのは今朝で、もちろん槇原敬之が作詞したと知ったのも今朝だった。松本零士の「ザ・コックピット」シリーズはすべて読んだが、「銀河鉄道999」を読んだことはない。
 ワイドショーのインタビューに応じる松本零士先生はお怒りのようだった。このフレーズに思い入れがあるとのことだった。自分の持つ大きなテーマだというのだった。だが、上の記事にもある21巻の1コマだけしか出てこないので、どうなのだろうと思った。そこで、今回の件の前で、このフレーズに触れたものがないか検索してみた。
http://www.30ans.com/taidan/0401/index.html

藤本 人間も宇宙も脈々と続きます。子どもたちに、メッセージをいただけませんか。
松本 子どもには無限の未来がある。時間は夢を裏切らないし、夢も時間を裏切ってはならない。少年の日に持つ夢は、大きければ大きいほどいい。

http://www.noos.ne.jp/forum3/data/noos/log/tree_281.htm

昨日は、松本零二氏の「ニーベルングの指輪」を読みました。その中の登場人物が繰り返し語る言葉が
「時間は夢を裏切らない。だから、夢も時間を裏切ってはならない。」
でした。

 ほかにも個人ブログなどで今回の件と関係なしに触れているものもあって、どうやら松本零士の持つ一つのテーマということは疑いなさそうだ。
 しかし、だからといって即盗作というとどうなのか。これは難しい。判断つきかねる。たとえ槇原自身が松本作品を直接読んだことがなくても、人づてに聞いて、「すてきだな」と思って記憶にメモした場合はどうなるのだろうか。もちろん、作家の創造性で偶然紡ぎ出せないものではないようにも思え、何らかの方法で覚醒しながら銀河とチャネリングして伝わったという可能性だってある。
 ただ、この件、槇原側の過剰反応がいたずらに事態を悪い方へ向かわせているように思える。ちょっと調べれば、世界の松本が似たフレーズを使っていたことは確認できる。相手は電波系の自称作詞家などではなく(銀河系かもしれないが)、創作の世界では先人なのだ。意図した盗作なら問題外だが、人づてやどこかで目にしたものの再構成だったり、あるいは本当にまったくの偶然であっても、「似てしまいました。すみませんでした」と素直に詫びを入れればよかったんじゃないのだろうか。その上で、「松本先生のお考えに通じるところがあるようです」などと言って、ダフトパンクみたいにコラボの一つでもすりゃあよかったんだ。
 だけど、逆に「何なら出るとこ出ようか?」という態度まで見せる。これはどうか。槇原の創作家としてのプライドもあるだろうし、あるいは出るところに出るはめになってしまった苦すぎる経験が、神経を過敏にしているのかもしれない。過失をわずかでも認めるわけにはいかない、と。
 でも、俺のような野次馬から見ると、どっちも損だな、と思わざるを得ない。松本零士は槇原ファンから「被害妄想のじいさん」と受け取られるだろうし、槇原敬之は松本ファンから「盗作の××野郎」などと思われるだろう。‘世界の松本の偉大なる教えが世間に浸透した結果、槇原という表現者にも伝わって、すばらしい偶然の一致を産んでしまった’というWin-Win(という言葉を生まれて初めて使ってみた)の方向には行けないものか。うーん、人類がイスカンダルに行けても、行けないような気もするな。
 あと、フレーズの意味、まだいまいちよくわからない。