遅い出勤の日の雑感

 いつもより少し遅い十一時の出勤、手袋いらぬくらいの陽気の中、小径車は一段と身軽、このまま逐電したくなる心持ち、住宅街の路地には運送屋のトラック、郵便配達のカブのエンジン音、そして早めの買い物を済ませて家路につく奥さんが歩いている、保育園に子供を送り届けたあとの奥さんが歩いている、ああ、奥さん、奥さん、名前を知らない奥さん、このまま奥さんの家にしけこみたい。冬のやわらかい日だまりの中でだらだらとセックスして眠りたい、猫のように、日だまりで眠りたい。ああ、奥さん、人妻、人妻発情、人の妻。
 ……目のある者は目をとじよ。耳ある者は耳をふさげ。俺の頭の中は物心ついてからエロいことでいっぱいだ。それだけで精いっぱいだ。それ以外のことを言うとき、するとき、俺は人間のふりをしているだけだ。俺は人間のふりをするシミュラクラだ。
 世の中のエロくないものはエロくないふりをしているだけだ。だから、口ある者は口を噤め。