おれは蛍を見たことがなかった

※蛍写真ありません。

 おれは蛍を見たことがなかった。おれはいろいろの体験をしていない方の人間だと思うし、もっといろいろやるべきこと、見るべきものもあるのだろうが、蛍を見たことがないというのはその中でもわりあい「ない」ことの意識の俎上にあがりやすいことがらだった。
 おれは蛍を見に行くことにした。明日死ぬかもしれないのだし、悔いはないように。
 とはいえ、どこか人里はなれた自然のスポットなどに行けるわけもない。おれには車もない。だからおれは、バスで三渓園に行った。

 蛍の写真はない。事前にわかっていたことではあるけれども、撮影禁止なのである。ただ、どこかに行くのにカメラを持っていかないということもない。しかし、この花菖蒲相手のライトは強すぎるのではないか?




 そして、蛍を見たわけだが。事前にわかっていたことではあるけれども、今年は数が少ないという。たしかに、日が落ちてしばらく、あちらで一匹光、こちらで……、あれ、いない? というあんばい。だんだん、「ここのこいつはよく光っている」などと、個体を識別するようになってきた。十分か十五分いて、二匹か三匹、おまけに飛ばない。
 ただ、それでも蛍を見たのである。想像していた以上に機械的な光だった。電灯の明かりというよりLEDの光だ。
 そんなことを考えていると、あたりが真暗になってきて、だんだんと光の数が増えてきた。飛ぶようにもなってきた。乱舞などとは程遠い数。しかし、大きな光と小さな光が呼び合うように近づき、点灯を繰り返すさまなどはなかなかに風流といえる。あまりに大勢の観衆がいなければ、だが。
 中には不届き者もいて、カメラやケータイを向けて余計な光をあたりに撒き散らかしていたりしたが、はっきり言って無駄なことだろう。いつかどこか許される場所でやってみたい、長時間露光。
 しかし、蛍の光の点滅というのか、スッと光り、スッと消える感じは、かつて見た流星群の光と似ていたか。

 お堂のようなところで、虫かごの中の蛍を観察できる。ここは撮影可。

 夏祭りかなにかで、みながお寺に集まったような雰囲気ではあった。夏祭りかなにかで、みながお寺に集まるような体験をしたことはないが。

 そして港の空は今日も赤く。

 やはりライトはきつく。

 歩いて帰宅した。

関連_______________________________