もっと光を

「光が足りない」。

この間、医者にそう言われた。女の人からもずっと言われつづけている。なんの光か? 部屋の光だ。おれは坂道にある二階建てのボロアパートの一回に住んでいる。基本的に暗い。そして、ベッドの位置からも直接朝の光を浴びることはできない。

しかし、いろいろな面から光にあたったほうがいいという。朝になったら、蛍光灯でいいから光を浴びろと言われた。一理あるに違いない。以前、北欧の人とかが光を浴びるための小さな機械をお恵みいただいたが、朝、自動的に照らしてくれるような機能はない。どうしたものか。

とりあえず、遠い窓のカーテンを開けることにした。カーテンと言っても、チャイハネで買った薄い布を突っ張り棒と洗濯ばさみで垂らしているだけだ。これが二重になっていて、それを取り払った。

そして、おれは思い出した。おれ、朝の光に敏感で、ちょっと明るくなると起きてしまうのだ。五時とか、そんな時間に。おれが寝るのはそんなに早くないので、二度寝ということになる。当然、ぐっすり眠れたなんてことにはならない。というか、生まれてこの方、ぐっすり眠ったことなんていっさいないような気もするが。

これが、何日か続いた。昼間は、眠りこけるような眠気ではなく、イライラ感がつのるような気分の悪さを感じた。とはいえ、抑うつには陥っていない。まあ、躁うつ病のサイクルの問題にすぎないのだが。

さて、おれはどうしたものか。光を信じるべきか。もう、いっそのこと、早寝早起きで、五時に起きるか。起きて走るか。……ないな。なんか、そういう気力はないんだ。

今朝なんてもっとひどかった。五時くらいの早朝に起きたあと、一時間くらいしたら上の階の人間が携帯のアラームを鳴らした。それはいつものことなのだが、いつもと違う時刻に設定してたのを忘れたのか、たぶん鳴らしっぱなしでシャワーなんか浴びてんだ。しかも、いつもは使っていないバイブレーション機能でアラーム鳴る。この、壁の薄いアパートで、床を震わせるバイブレーションの音は苦痛だった。しばらく我慢したら、ドタバタ足音がして、アラームは切れた。

それでそのあと、もう光とは関係ないんだけど、朝、シャワーを浴び終わって正真正銘の丸裸のとき、ドアをノックされた。なんだ? 声はよく聞こえなかった。とりあえずパンツを履きながら、「ちょっと待ってくださ〜い」と言った。慌ててズボンを履き、適当なロングTを着て、ドアを開けてみると……もう無人。いったいなんだったんだ?

と、そのあと身支度をあらためてして、出社。と、そのときドアの下にクロネコヤマトの不在票が置かれていたのに気づいた。ちょっと待ってくれてよ。声、聞こえなかったのかな。早いとは聞いていたけど、こんなに早く立ち去るのか。それとも、聞こえていたのに待ちきれなかったのか。再配達のほうが面倒だと思うんだけど、配っている当人にとってみれば自分が今抱えているノルマのほうが重要で、自分が再配達に駆り出されるわけでもないのだろう。いやはや。

しかし、壁の薄いアパートでもおれの声が聞こえなかったか。うーん。そうだ、壁が薄いといえば、隣の部屋の年寄りが、夜、大声で周りの悪口を言いながら帰ってくる。あまりにも異常な感じなので、一度ドアを少し開けて除いたら、以降おれは「のぞき魔」、「のぞいて幸せになりましたか?」とか大声で罵られるようになった。これはおれを殺す気なのだろうと思って、この間、夜鉢合わせたときに間近くで睨みつけてみた。かなり近づいて、ガンを飛ばすというのをやってみたのだ。すると年寄りは目をそらすので、そのままでは面白くないので執拗に睨みつけて、体感では一分くらい睨みつけていた。立ち去る素振りをみせて、なおかつ睨みつづけてみると、気を抜いた年寄りがおれを見たので目が合った。そのまままた睨みつづけた。年寄りはついぞなにも言わなかった。音を建てずに静かに部屋に入るのを、おれは睨みつづけていた。前に鉢合わせたときには、わざと乱暴にアパートの門を閉じて、勢いよく跳ねたのでさらに蹴りを入れて大きな音を立ててみせたりしたし、おれの悪意は伝わっただろうか。これで伝わっておらず、まだ大声を出すようなら、今度は「大声で私を死ぬほどムカつかせているのはわかっていますか?」、「なぜ大声を出して人を嫌な気持ちにさせるんですか?」、「私をふくめた周りの人たちを殺す気でやっているんですよね?」と対話によって詰めてみる。対話はなにごとにも必要だ。対話に失敗したら、そのときはそれしかないだろう。

おれの生活には光が足りない。