反米主義宣言

 諸君! 日々の暮らしの中で社会のありよう、国のありようというものについて無自覚、無批判になっていないだろうか? 諸君らが常識と考えるその心持ちが、果たして常なるものであるか疑問に思うことはないだろうか? 考えるべきである。思うべきである。その時は今である。諸君が見ているその世界の枠組みの枠は宇宙原初より神から与えられたものなどではない! 諸君を取り囲む社会の規範、道徳、法律は最初のものでもなければ、最後のものでもない。諸君ら人間の一生の長さをもってその変化を見うるものである。否、他ならぬ諸君らの手によって変化させることができる。そして、そうすべきであると私は信じる。そこによからぬものがあって、それを取りのぞくことなしに漫然と生きていいのか? 家畜の自由は断じて否定すべきである。ここに私は、反米主義を宣言する!
 反米! なんと危険な響きと思うか? 米に反すること、この国において神をも汚すこととお思いか? そう思われるのも仕方ない。それは長い時間をかけ、この国の社会の仕組み、人々の生活様式に、深く食い込み、いまだにその強力なかぎ爪を食い込ませ、離そうとしないものだからである。しかし、だからこそ疑わねばならぬ。その関係は宇宙開闢から定められていたものか? 宇宙の終わりまで続くものか? 断じて否、である。悠久の流れから見ればただの儚き泡に過ぎぬ。その泡が私に、諸君らに、また、明日生まれる赤子らに暗き翳を落とすことが明白ならば、それを一刺しして弾け飛ばすことが、今日に生きる自覚と自省を持った人間の責務であると信じる!
 米! 人間を誘惑する白き毒薬! これを排することの容易ならざることは認めなくてはならぬ! この国の人間はこれにより生かされ、これのために生きている。われわれが支配し、また支配されるものである。ああ、どれだけの人間が米のために生きて死に、今日、どれだけの米がこの社会に溢れているだろうか。なるほど、米はわれわれの切望してやまぬ生命そのものである。それゆえの膨脹であるかもしれぬ。しかし、これが果たして今日のこの国の人間にとって、それほどまで大量に必要なものであるか!
 カロリー! 血糖値の上昇! 惣菜の西洋化! 油、油、油! そうだ、今日の食卓には、あまりにも多くのカロリーが溢れている。糖質が溢れている! 米だけならばいいだろう。しかし諸君、米とそれら惣菜の組み合わせが何をもたらすのか! 厄災である、厄災の犬だ! 濃い味の、脂ぎった揚げ物はさらなる白米を要求し、大量の白米はさらなる濃い味の揚げ物を要求する! この悪しき連鎖、中鎖脂肪酸なにかせん! 脳は油、油、油に支配され、さらなる肉を求め、肉は白米を呼び、白米は肉を呼ぶ! ああ、ヨブの涙をもって瞑すべし人類!
 諸君、米こそがこの国の魂などと言うべきではない! 米は数ある野菜の一種類に過ぎぬ! 肉体維持のための単なる手段に過ぎぬ! 米絶対視、米神聖視の史観を今こそ打倒するべきである! 古の人が望んだのは五穀の豊穣であって、米のみの栄ではない! そこに神を見出すならば、それは偽りの神である! この悪しき宇宙! おお、シモン・マグスよ! 
 不幸の歴史! そうだ、諸君らは、米の神聖視によって、血の咎を負わねばならぬ! 心の中の帝国主義! 血と暴力の歴史! 大和朝廷によって駆逐され、また支配された非抑圧! ああ、米のみをもって魂と言ってはならぬ、神産巣日御祖命も泣いている! それは大御心に沿うものか? 革命、弥栄! 炭水化物は米に限らず、また、食事のありようは主食とおかずの構成のみならず! この栄養あふるる世界において、必ず主食を、米を食わなければならんという思い込みが、どれだけの、肥満、成人病をひきおk

 ……突然、場内を揺るがす震動、巨大な純銅製の釜が会堂に突っ込む、ガラスを粉々にしてその威容を示す。突撃隊員たちがドアを蹴破り駆けこんでくる、向けられた銃口から発せられるライスシャワー! ああ、人類必敗の歴史。こうしてまた米が勝利してしまった。聴衆はひとりひとり「ごはんがススムくん」を手渡され、家路につく。それぞれの家庭では炊きたてのご飯が彼らをまっているのだろう。夕餉の香りに足取り軽く、彼らは帰っていくのだ……。


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