大井競馬場にお別れを―東京大賞典2012観戦記

 まずはじめに断っておくが、おれは競馬をやめた人間である。なにをして競馬を「やる」というのか「やらぬ」というのか、それは各々の基準であって、定義あるものではない。競馬に限らぬ話だ。ただ、おれはおれの基準で「やらぬ」人間になったといっていい。金を投じない、興味も持てない。馬券を買ったところでそれは惰性か気まぐれだ。

 ただ、今年の東京大賞典フリオーソボンネビルレコードの引退レースになり、なおかつ引退セレモニーが行われると知ると、居ても立ってもいられない気持ちになった。いや、それは大袈裟だ。心がざわついた、くらいが適当やもしれん。ともかく、なにかのけじめとして見届けなければならないと、そう感じたのだ。

 と、いうわけで、一昨日まで38度超の熱発をしていた人間が久方ぶりに大井競馬に向かうわけだ(とはいえ、持ち前の不安神経症で出るのにえらくもたついた。二倍薬飲んでようやく出れた。休日は怖い)。「蒲田要塞」と称されるようになった京急蒲田駅も初めて目にした。なるほど、複雑だ。案の定、おれと同じ羽田空港行きに乗ってきて乗り換えようとした大井競馬行きのおっさん何人かが、引込み線の回送電車を見て、あせって「普通電車はあれか?」と駅員に聞いていた。まあ、そう思うわ。結局あの回送はどこ行きの何に化けたのか。

 立会川では神社の脇道からショートカットして、お参りもして(ただ、おそろしいことにというか、いつものことなのだけれども、こんなにろくでもない状況を生きているのに神様に願うことなんてなにも思いつかないんだ、これが)。

 もう半分以上レースの終わっている大井競馬場にたどり着いた。ずらりと並んでいた新聞売り子のおばちゃんたちもぜんぜんいなくてどうしようと思ったが、入り口近くに少しいた。「ダービーニュースと赤ペン一本」。見やすさ一番、だ。

 カメラも一応持ってきた。一応というのは、一応競馬に行くときは一応一番廉価な300mmを持って行くことにしていたからだ。今回は事前に行くかどうか(体調的に行けるかどうか)わからず、カメラにくっついていた18-200mmだ。結論として思うに、パドックで場所が取れれば十二分だった。しかし、問題はたぶんレンズの明るさというやつで、周りが明るいうちは廉価なレンズで十分でも(一応断っておくが、おれの年収以上の価格のするフルサイズ+巨大レンズとかの世界の話はしていないので)、冬の夕方の暗さに雲がかかるとそうとうに厳しかった。かといって、なぜか家に持って帰っていた100mm単焦点の方が明るい(といってもf2.8)からといって、それではちと厳しいような気もして。結局レンズは換装せず、肩と腰の痛みにいくらかの拍車だか風車鞭をくれただけになった。


 まあ、この時点では明るかった。次第に雲がかかってきて、換えたかばかりのカメラのせいもあって正直言って手元がバタバタしっぱなしだった。馬券については言うにおよばず。

 一瞬、的場文男、若返った? と思ったら五十嵐冬樹。人を勝負服で判断してはいけない。いや、微妙に違うし。吉井竜一と御神本訓史くらい違うし。

 とかいってるうちに、東京大賞典パドックになってしまった。最低でも3レースくらいには競馬場に着いて、というケースが多かったために、いくらブランクがあるといってもペースがわからない。それに仕事納めののちの土曜で有馬記念も一週間前に終わってるなんていう状況のせいか、知らぬ間に大井競馬ブームが来ているのかわからぬが、すごい人出にあっけにとられてしまった。あっけにとられるといえば、ワンダーアキュートの顔が目立ちすぎだろうというくらい目立っていた。顔というか、装具が。


 一方で、目当てのボンネビルレコードといえば地味なタイプだ。レースになると派手に突っ込んできたりしたような気もするが、馬体自体見てもグッドルッキングホースという感じでもない。いや、歳相応というべきか……。

 フリオーソも二人びきながらそれほど元気があるようにも見えず。

 おれにはハタノヴァンクールがよく見えた。……というのは半分本当だが、半分うそだ。おれが今年覚えた馬といえばハタノヴァンクールとイーサンヘモスくらいであって(ツイッターの過去ログが証明しよう)、そのハタノヴァンクールとイーサンヘモス(最終R)の出走を知って背中を押されたところもある。すなわち、おれは馬券的にハタノヴァンクールを買いに来たといっていい。まあ、家でも買えるけど。

 ローマンレジェンドは……黒いなぁという印象。いや、あとからしょうもない写真見て言ってるだけですけれども。ところで、パドックで写真撮る人も増えた、というか、スマートフォンで撮る人が増えたな、という印象。昔も写メで撮ろうとしていた人もとうぜんいたが、おそらくはうまく撮れないのですぐに諦めてしまったのだろう。ところが、数年経ってみれば、やはりそれなりに撮れてしまうようなのだ。恐るべし、技術の進歩。

 干してきた洗濯物が心配になってくるような雲の下、騎乗開始。

 エスポワールシチー佐藤哲三でないのは残念だ(と、贔屓だった哲三の大怪我のことくらいは知っているのだが)。ちなみに、騎乗前は目立たなかった。優駿の勝負服を見て「ああ、エスポワールシチーだ」と思ったくらいだった。……というほどエスポワールシチーを生で見たことがあるわけじゃあないけれど。

 そしてまた、トランセンドも同じような印象で。かといって、これら中央の砂の猛者を切れるかというと、ねえ。


 ボンネビルレコードは最後の戦いへ、的場文男を乗せて。しかし、的場文男を見ると安心する。修行僧、いや、背を少し丸めた姿勢はなにかに耐えるようでもあり、苦行すら思わせる。パドックで馬をひく人の表情や所作、もちろん騎手のそれもいろいろと味わいがあるが、的場文男のそれは別格といっていい。

 本日の一番人気。派手で明るい、写真は暗い。写真はおれのせい。


 頑張ってもらいたいハタノヴァンクール。鞍上は内田博幸。前走はしらん間に最後方になっていたけれど、追い上げる脚は悪くなかった。経験のある大井で(なぜかおれもこの馬からJDDとか買ってたりしてたんだけど)、もうちょっと前目の競馬してくれたら、とか。このあたりでおれの馬券的心づもりというか、具体的な買い目は「ハタノヴァンクール本命だけど、この馬場でフリオーソ奇跡の大駆けなんてものもあったら後悔するだろうし、とりあえずハタノヴァンクールフリオーソの折り返しから中央馬と、これまた有終の三着を期待してボンネビルレコードへの三連単、さらにハタノヴァンクール一着固定で以上への三連単馬単」というところ。ナムラタイタンなんかも千四専用くらいと思われてたのが年々ズブくなってきて、それでかえってかそれゆえか距離対応も……とかあって。あと、正直馬券的な妙味というか、そのへんの欲がある。あの白すぎる馬の三着の例もある。欲といえば、ワンダアキュート、ローマンレジェンドからと行かんのは単にオッズの話といっていい。あと、競馬やらなすぎてどちらか頭か選ぶ術がないというか。

 戸崎圭太フリオーソ

 そしてローマンレジェンド。もちろん初めて見るのだけれども、馬と岩田の対比というか。しかし、写真の色悪いな。設定おかしいか、カメラの限界か。

 今日は全馬見送る。

 レースはさながらナイターの暗さ。撮ってどうにかという気にもなれないが、一応はシャッターを切ってしまう。果敢に先手を奪いに行くフリオーソと戸崎(が写っていた)。

 一回りしてきてISO感度を無茶なことにしてみたら、岩田が凄い体勢で鞭を入れてた。フリオーソは力尽き、外からワンダーアキュート、内から虎視眈々とハタノヴァンクール

 結果は主催者発表のものをご確認ください、と。まあ、見たところで悔しさもない払い戻し。端からワンダーアキュートともローマンレジェンドとも決めかねるところに、少し贔屓にしているハタノヴァンクールの一発と地方贔屓のフリオーソの一発狙いみたいなところだったので、後悔はなし。

 まあ、後悔があろうがなかろうが財布の中身は減るのだが。

 これからメーンと最終だろ? とかいうありふれたジョークひとりごちて。ただ、「メーン」は岩田のインタビューとか聞きに行ったりしてて(音響のせいか、よく聞こえなかったが)時間もなく、内枠のリボルトレイダーというのから全流ししてみたがハズレ。最終は目的の一頭イーサンヘモス(……なぜイーサンヘモスなのか? まあたぶん馬主が大きめのレースの日に使うようにしているかなにかでよく遭遇したのだろう。元中央馬だったのは今気づいた)を見て、「なるほど、これが末の甘い所のあるイーサンヘモスか」と勝手に納得して記念馬券だけ買って、本命は写真の芦毛馬ショウナンタスクから。この「から」も馬複ではなく馬単であって、まあ二着でもいいかという払い戻し。裏食ったただけでも嬉しいというのは、もう馬券買う次元じゃないな。

 しかしまあ、この日は人も多かった。あわあわしてるうちに全レース終わってしまったが、いろいろのイベントもあったようだし、場内の屋台なども積極的だ。いや、この日はモスの横の無量給湯コーナーの緑茶しか飲んでないけど。だってどこもすげえ行列だったし。それに、客層も若い。まあ比較対象がないくらい競馬から遠ざかっているけど、図書館に行く途中を共にする桜木町場外の客に比べたりすると、といったところか。いや、場外と本場開催、それもその年一番の競走を比べてもしょうがねえけど、大井はしばらくやれるんじゃないかな、とは思ったが。印象だけだけどね。

 さて、引退セレモニー。こういうの見るの初めてかもしれない。というか、人が多すぎて隙間から覗いた、というのが正しいか。戸崎は声を詰まらせるシーンもあった。

 両馬とも関係者インタビューの後ろをぐるぐるひかれていて、最後にファン向けの写真撮影と相成ったが、やはり人が多く、おれの背は低く。でも、少し見られたね。だからなんだというと、なんだったんだろう、というくらいなのだが。

 なんというのだろう、フリオーソボンネビルレコードの引退。もう絶ち切れていたかという南関への関心、しかしなにか残っていたいたかもしれない最後のものが、本当に終わってしまったのだな、という印象。ようするにおれが競馬を見始めたころ、まだ南関馬、地方馬にもチャンスがあって、中央馬を迎え撃ち、時には殴りこんでいたような、ああいうのがもうこの二頭を最後に終わってしまったのだ、という感傷。ボンネビルレコードには、昔の南関馬の血脈(実際の血統って意味じゃなく。あ、途中中央移籍とかあるけどまあいいか)、フリオーソにはダーレーなるものへの期待という意味で、あのシーチャリオットを継いで、それ以上のものを成し遂げてくれて……、なんというか、両方ともなくなっちゃったのかな、というような。

 いや、お前がぜんぜん知らないだけで、川崎記念あたりにはフリオーソ級のが出てきますよ、ってならそうなのかもしれないけれども。でも、八枠二頭を悪くいうわけじゃないけど、今回もシャコーオープンやセレン、バグパイプウィンドブルーホークくらいの馬柱で穴馬になるくらいの……いや、それじゃ物足りない。ファストフレンドの子フォーティファイドはフリオーソに先着してたけど、やはり物足りない。といったところでどうしようもない。それにしたってなにかこう、アジュディミツオーみたいな……とかいってもしかたがない。もちろんラブミーチャンとか頑張ってるのは少しは知ってるが……。しかし、このおれはこの状況がつまらんし、おれはこの状況を面白くおもえる方法もしらない。もう耄碌して馬券も当たらないし、一観戦者としては、楽しめないものからはやはり離れるしかない……。しかし、言ってることも時系列もむちゃくちゃっぽいな、たぶん。耄碌だ。

 というわけで、競馬の町ならぬ竜馬の町とやらに来ることも、もうほとんどなくなっていたし、今後もさらにさらになくなるだろう。まさかイーサンヘモス目的ということもあるまい。有馬記念とその翌日(ちょろちょろ買ってた結果、夏のローカルの稼ぎがわりとよかったので、一発で回収率100%超えできそうなのでチャレンジしてみてずるずる自爆誘爆した)と、そしてこの大井でわりと手痛いダメージを食らったから言うわけじゃないんだ、本当に。
 
>゜))彡>゜))彡