もう一歩踏み込んでほしいんじゃ 宮内悠介『エクソダス症候群』

 

エクソダス症候群 (創元SF文庫)

エクソダス症候群 (創元SF文庫)

 

 「エクソダス症候群にはいくつかの相があります」

 と、カズキは慎重に口を開いた。

「ですが、この開拓地での発症例は、一種の文化結合症候群と言うことができます」

火星の精神科医、の話である。正確には、火星で生まれ、地球で育ち精神科医になり、火星に戻った医師の話である。その医師が、セフィロトの樹を模した火星の精神病院で働く。火星の開拓はまだ途上にある。そして、精神病治療も……。

というお話。反精神病学から、今、この現在の精神病扱われ方、そして未来のそれ。そのあたりをしっかりした参考文献から書いている。そういう印象はある。が、どうもその参考文献をそのまま「近未来」、「火星」というSF要素に乗っけて出してきたようであって、なんというのか、魂の一歩踏み込んだところから書かれていない。フィリップ・K・ディック自身がピンク色の光を浴びた、その境地におらん。精神疾患者(双極性障害2型)であるおれの境地におらん。そういう印象があった。

とはいえ、その印象は主人公が○○○○○○○の○○○○○だからだよ、という可能性もある。それゆえに、そのように描かれているのだ、と。とはいえ、それはそれで、狂気(とされる)場所にいてほしかったように思える。そこのところが惜しい。精神病治療の歴史を追って、その舞台を火星にしてみましたというところで終わっている。著者が一歩、狂気の世界に踏み込んでいてもらいたかった。いや、著者自身が踏み込む必要はないが、少なくとも主人公が、というところだ。

まあ、しかし、俺のような精神疾患者当事者が読むからそうなのであって、そうでない人には異色の舞台、異色の歴史(まあ、精神病治療史そのものなんだけど)、異色の展開ということになるのかもしれん。そのあたりはわからん。わからんが、そのあたりで面白いと思う人もいるかもしれんし、そういうものだと思おうか。でも、もう一歩「沼」に踏み込んで狂気の世界に浸っていれば……と、おれは思うのである。以上。