井上尚弥の当て勘? 当て感? どっちなの?

number.bunshun.jp

この記事を読んで、コンビニでNumber売ってたら買おうかな、と思った。売ってたので、買った。

買って、読んだ。いや、見た。すげえ、すげえボディへの左フックのあの瞬間が写っていた。右目のまぶたの上をカットしている井上尚弥、右目だけが大きく見開いている井上尚弥、しかし、両目はノニト・ドネアの左腹に集中している。鼻からは出血がある。美しい。傷つきながら美しい、美しい勝者の顔がそこにはある。そして、左のグローブとドネアの左腹の接触地点からは汗が飛び散る。ドネアの身体ははくの字になる。その瞬間を見事に切り取っている。こんな写真が撮れたら、もうカメラを捨ててしまってもいいだろう。素人にはそう思える一瞬。なるほど、世界最高のボクシングカメラマン……。

 

ま、その写真は、Number買って見てくれと。

で、おれがちょっと書きたいのは、「あてかん」についてのことだ。

www4.nhk.or.jp

NHKで放送された「プロフェッショナル 仕事の流儀」。これに井上尚弥が取り上げられていた。その中で、弟の井上拓真の言葉として、兄の井上尚弥は努力によって成り立っているが、「当て」については「天才」だと述べていた。

「当て」。おれの記憶が確実ならば、NHKは「当て」とテロップをつけていた。格闘技の「あてかん」って、「当て感」なのか? とおれは思った。おれは「あてかん」とは「当て勘」と思っていたからだ。でも、「当て勘」って、なんか「当てずっぽう」みたいなニュアンスあるよな、とも思っていた。

で、Number誌に話は戻る。「井上尚弥が真の怪物になるまで。」という記事のなかに、こういう表現があった。

 井上本人はパワーそのものより当てカン、つまり力が最大限に伝わるタイミングとポイントで打ち込めるかが勝負という。そのために適切な距離を常に意識し、見極めてうちに行ける反応の鋭さは図抜けている。(p.30)

専門誌(ボクシング専門誌ではないが)でどう書いているかというと「カン」なのである。「当てカン」。感とも勘でもなく「カン」。ええ、そうくるのかい? と思った。

が、同じ号で内山高志長谷川穂積山中慎介というえげつない三人の対談があって、それぞれのKOなどについて述べているのだが、話の流れで井上尚弥の話題になった。そこで、内山の発言として次のような表記があった。

内山 バンタム級で井上くんのパンチ力は破格。スピードもあるし、避け勘もいい。悪いところは一つも見つからないですね。(p.48)

避け勘」と来たではないか。「さけかん」が「避け勘」なら、「あてかん」は「当て勘」でなきゃいかんような気がするじゃないか。

しかし、おれは格闘技、ボクシングについて「にわか」なのである。格闘技雑誌などを読んできたわけでもない。「あてかん」という言葉についても、地上波の総合格闘技で、谷川貞治が解説で言ったのを聞いて知ったようなものだ。なので、ちょっとインターネットで検索してみた。

「当て勘」という言葉はいつ広まったか?命名者は誰か?(日曜民俗学) - INVISIBLE D. ーQUIET & COLORFUL PLACE-

こちらの記事では「あてかん」を「当て勘」である前提として、最初に言い出したのは誰なのかしらという話になっている。

【田村潔司】ボディブローを貰う、「狙い撃ち」&「勘」 | 田村潔司.com(ブログ)

こちらはプロフェッショナルである田村潔司のブログである。

「当て勘」?

「勘が鋭い」と言いますが

「勘」です(字あってるかな?)

当て勘!

と、記されている。当事者にして「字あってるかな?」と言わさせしめる、「あてかん」。しかし、ググってみる限り、そちらの方が多いようだ。

では、NHKが用いた「当て感」という表記がないかというと、そうでもない。

元世界王者・内山高志が語った那須川天心の強さ「ボクシングも凄く才能があると思う」 - ゴング格闘技

 その内山が那須川の強さについて聞かれ、「当て感がとにかく凄くいいのと、相手を見ていない状態でもしっかり蹴りやパンチを当てて倒すところが誰よりも優れたところですね」と評価。

内山高志(さっきも出てきたな)が那須川天心について述べてたコメントで「当て感」が用いられている。「ゴング」といえば、おれは名前しかしらないが、格闘技メディアに違いない。専門誌が「当て感」を使っているのである。

……と、いうところで、まあどっちもあるかな、という感じか。個人的には、「あてずっぽう」とはちょっと違うんだけどな、と思いつつ「当て勘」かな、と思う。が、「当て感」が間違っているというわけでもないだろう。当事者たちが「あてかん」と言葉にしてきたところで、どう漢字をあてるか、まあどうでもいいといえばどうでもいいだろうか。おれはとりあえず「当て勘」の方がしっくりくるので、こっちを使う。

で、話を井上尚弥に戻す。井上尚弥Wikipediaにはこのような記述があった。

熱発、拳四朗、井上尚弥、エネイブル - 関内関外日記

『怪物』『天才』と称される井上だが、2013年にプロデビュー4戦目を控えた当時20歳の井上の体力測定を行ったところ、左手の握力は47.8kg(一般人の平均は46kg)、瞬発力を測る左右への動きは54回(一般人平均値は48回)、身体の柔軟性を測る長座前屈に至っては43cmと一般人の平均値45cmを下回っていた。

いま、井上尚弥Wikipediaにこの項目はない。引用元が記されていたのだが、それでも不正確だったということか、あるいは他に書くことが多くなりすぎて削除されたのか。

しかし、今回の対戦相手のドネアが「世間で言われているほど井上にパワーがあるとは感じなかった」と言うのは、あながち強がりでもないように思える。井上のやってのけてきたKO劇は「当て勘」によるものが大きく、パワーで完全に相手をぶちのめす、たとえば内山高志のような打撃力とは違ったなにかではないか。そんなふうに思える。そして、その「当て勘」を極限まで避け、それでも腹に一撃食って負けたドネアは、やはり最高に強いボクサーの一人なんだろうな、と想像するわけである。

して、井上自身は、KOについて、それを意識したこともあったが、それは目的でないという。そうしなければいけない、そういう自覚がある。そういう意識のなか、ドネアと12R戦えたことは、最高に最高だったのではないか。

最後に、Number誌より、三浦隆司の言葉を引用する。

「実力差が出たKO負けもあれば、たまたま、ちょっとした掛け違いでKO負けになることもある。だから、KO負けしたから弱いとは思わないです。逆に判定負けのほうが本当の負けなのかなって。パンチを当てさせてもらえなかった。KOできなかった。それは技術で負けたということ」(p.61)

井上尚弥はドネアと12R戦い、そして判定勝ちをした。ドネアが弱いわけではない。しかし、井上は強かった。ドネアの強烈なパンチを食らい、それでも打ち勝った。できることなら、今後の井上の試合をリアルタイムで視聴したい。NHKで井上が語っていた「最後は完全に打ちのめされて終わりたい」といった、その日まで。