ぼくが「ナー」と言ったら、きみは「ダム」と言う。
ぼくが「ナーダ」と言ったら、きみは「ム」と言う。
ほとんどの人類はナーダムのモンゴル相撲で一勝もできずに死んでいく。
ナーダムに参加することなく死んでいく。
ナーダムで相撲もとらなければ、競馬もしない、弓も射ない。どこに生きる意味があるのか。ぼくはモンゴル相撲で勝てない。屈強な力士。圧倒的な膂力、繰り出される技。ほとんどの人類はその土俵にすら立てない。
国家ナーダムに参加する力士には称号が与えられる。
ナチン(隼)
16位(5回戦進出)
ハルツァガ(大鷹)
8位(6回戦進出)
ザーン(象)
4位(7回戦進出)
ガルディ(迦楼羅:ガルダ)
2位(準優勝)
アルスラン(獅子)
1位(優勝)
アヴァラガ(巨人)
アルスラン称号の力士が再度優勝(連続は要件ではない。以下同じ)
ダライ・アヴァラガ(偉大な巨人)
アヴァラガが再度優勝
ダヤン・アヴァラガ(世界の巨人)
ダライ・アヴァラガが再度優勝
ダルハン・アヴァラガ(聖なる巨人)
ダヤン・アヴァラガが再度優勝
獅子より強いのは人なのだ。けれど、ほとんどの人類は隼にもなれない。
偉大な巨人、世界の巨人、聖なる巨人。
隣のビルで解体作業が進んでいる。作業しているのは日系人には見えないが、世界のどのあたりの人かさっぱりわからなかった。アララトの名がトラックに書いてあったので調べてみた。アララト山はトルコの山だった。彼らはおそらくトルコ人なのだろう。昔、アララットサンという馬がいた。父リアルシャダイ、母ダイナフェザー、母の父ノーザンテースト。偉大なる社台牝系。
トルコにも相撲はあるのだろうか。
トルコ相撲、オイルレスリング。ヤールギュレシの王者なら国家ナーダムのブフでいきなりザーンくらいになれる可能性だってあるかもしれない。ひょっとしたら、アヴァラガになれるかもしれない。
ただ忘れてはいけない。ほとんどの人類はヤールギュレシで一勝もできずに死んでいくのだ。この世に生を享けて、ヤールギュレシを一勝もできず、それどころか一戦もしないで死んでいく。
モンゴル相撲のアヴァラガがヤールギュレシに参加したらどうなるのか? そんなことはだれも知らない。
そもそも一体全体、だれがナーダムの話を始めたんだ。まったく馬鹿げている。なにより、ぼくはナーダム=モンゴル相撲だと思っていたんだ。ナーダムには競馬もある、弓射もある。そんなことすら知らなかった。元朝青龍にどんな顔で謝ればいいんだ。ぼくだけじゃない、みんな元朝青龍に謝らなければいけない。謝らなければ、たいへんなことになる。それがモンゴル、草原の掟だ。草原の掟を知らないものは、コンドルに死肉をついばまれる。コンドルは一回も羽ばたかず170km滑空飛行することができる。ただ、モンゴルにコンドルはいない。エルコンドルパサー。
ぼくが「モンゴル」と言うと、きみは「コンドル」と言う。
ぼくが「コンドル」と言うと、きみは「モンゴル」と言う。
モンゴル、コンドル、モンドルキリ州。
モンドルキリ州はカンボジアの東部にある。
カンボジアにはチャン・バブがある。クメール相撲。
チャン・バブの王者は国家ナーダムに出場してアヴァラガを目指そうと思ったことがあるだろうか? それはチャン・バブの心のうちのことで、他人がとやかく言うことじゃない。みんな、他人の心のうちを気にしすぎる。そのせいで、自分の心まで見失ってしまう。その間隙を突いてウスギートゥックがきみの足を払ってしまう。きみはモンゴル相撲で一勝もできないで死んでいく。