池澤夏樹『双頭の船』を読む

 

双頭の船

双頭の船

 

双頭の船とは、要するに両頭船のことであり、あっちが前か、こっちが前か、どっちも前だというフェリーのことである。

主人公は、恩師のすすめでこの双頭の船に乗ることになる。行き先は北だ。北のどこだ。被災地だ。なんの被災か。具体的に記されてはいないが、3.11だ。その被災地だ。

双頭の船はそこでボランティア活動をする。やがて、被災者を受け入れ、仮設住宅が作られる。店ができ、人の営みがはじまる。主人公は主に自転車を修理する人だ。その「人」のなかには、まだ「あちら側」にはいくことのできない「人」も含まれる。

人ばかりではない。行き場をなくした動物、ペットたちもいる。それをあちらへと導くヴェット(vet=獣医)も出てくる。

そもそも最初に登場したのは、獣臭い男に抱かれる女性だった。おれはこの話が3.11につながるとは思わずに読みすすめた。気づいたら、この世界に夢中になっていた。幻想と言うにはリアルだし、リアルというのは幻想的すぎる。どちらに進むか、まさに「双頭の船」。

やっぱり池澤夏樹はおもしろいな。……って、これ読むの二作目じゃねえの。でも、どこか力づくでもあり、ひょうひょうとしてもいるこの作風、おれは好きだな。

3.11を前に……なんて言うつもりはないけれど、ちょっと双頭の船に乗ってみてもいいんじゃないか。どう、あの災害を消化したか、消化しきれないかは人それぞれだろう。現地との物理的な距離もあるし、心理的な距離もあるだろう。おれとて、遠い。遠いけれど、フィクションを通して、近づけると思うのは傲慢だろうか?