どれだけ遅く歩けるか 安部勇磨「Fantasia」を聴く

 

Fantasia

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おれがここ数年で好きになったアーティストといえばnever young beachである。ほかにもいろいろあるが、ともかくネバヤンが一番なのである。

そのネバヤンのボーカル、安部勇磨がソロでアルバムを出すという。聴くしかないでしょう、ということになる。

で、何回か通しで聴いてみて、「これ」というおすすめ曲はない。なんというのだろうか、すごいスローだ。チルとでもいうのだろうか。よくわからない。

この感じ、なんだろうか。ああ、ああいう感じだ。ゆらゆら帝国から坂本慎太郎のソロ、みたいな。そういう方向に特化しちゃう、みたいな。なんだか、聴いていて坂本慎太郎のような気がするくらいで、いやいや違うぞ、安部勇磨だぞ、と思ったりした。

というわけで、ともかくなんかスローだ。ゆったりしている。これは、なんだろうか。ネバヤンに感じるドキドキ感はいっさいないといってもいい。とはいえ、これを耳から聴いていると……早く歩けない。

おれは精神障害者であって、抑うつや倦怠感に襲われることもある。その、倦怠感に近いものを感じる。とはいえ、聴いていて倦怠感に襲われる、ということでもない。ただ、なんとなく、そういう気分に近くなる。雨降りのなか、イヤホンから聴いていて、足取りが遅くなる。それはもう、すごく、遅く。まるで、抑うつ状態の歩みのように。

でも、抑うつでも、倦怠感を引きおこすわけではない。なんだろうか、おれの精神がジャストフィットしたときに聴いたら、これはすごく心地よい音楽なのではないかと思う。どんな精神か。なにか、すごくリラックスして、心身ともに弛緩しきっているような、そんなとき。

安部勇磨のソロは、そんな感じだった。あらためて言うが、これといってドキドキするような曲はない。ただ、アルバム全体を通して、弛緩しきったような、そんな気持ちにさせてくれる。この音楽を聴きながら、早く歩くことはできない。どれだけ遅く歩けるか、そんな気持ちになる。おれは雨の中、すごく遅く歩いた。ファンタジア。