ロシアからウオッカが届いた。お恵みものだ。ロシアからというのは嘘だ。そもそもアブソルート・ウオッカはスウェーデン製だ。だからといって嘘だといっていいのか。ロシア人は言う。「ロシアにウオッカがあるのではない。ウオッカがある場所がロシアである」と。となるとスウェーデンもロシアである。無論、ウオッカが届けられたここ神奈川県横浜市中区もロシアに違いない。おれはロシアでウオッカを飲む。まだ暑いとき、おれはウオッカを一本冷凍庫に仕込んである。キンキンに冷えて、なおかつとろみのあるウオッカを飲む。あれだけキンキンに冷えて、とろみのある飲み物がほかにあるか? とろみのある飲食物というのは、だいたい熱すぎて舌を火傷する系統のものばかりだ。ロシアではそんなことはない。シベリアの極寒で、おまえはとろみのあるウオッカを飲む。舌ではなく喉を焼く。そこがロシアだ。ウオッカを薄めてはいけない。ただ、ホワイト・ロシアンを作るときだけは別だ。ウオッカにカルーア、そして生クリーム。名作映画『ビッグ・リボウスキ』でデュードが飲んでいたやつだ。むろん、そこもロシアだ。ただしおれはウオッカをストレートで飲む。テレビでおれは見た。バナナマンの番組のゲストに、上坂すみれが出ていたときのことを。上坂すみれはバナナマンに独特のフレーバーを持ったウオッカをストレートで飲ませていた。もちろんその瓶は凍っていた。おれはいま「バナナマン」という言葉が思い浮かばなかった。仕方ないので「貴花田 子供 モノマネ」で検索した。ロシアでは物忘れも珍しくはない。いますぐ、鉛筆で「バナナマン」とメモをしろ。暗記したら焼いて捨てろ。おれもいつか上坂すみれに会いたい。大好きな『ノーフューチャーバカンス』にサインをしてもらうためだ。いや、それではロシア的ではない。もっとロシア的な質問をしなくてはならない。そうだ、おれはずっと上坂すみれに聞きたいことがあった。Генрих Григорьевич Ягодаをカタカナで書くとき、どう書くのが正しいのか、だ。ヤゴダなのかヤーゴダなのかヤゴーダなのかよくわからない。上坂すみれなら正しい発音を教えてくれるに違いない。しかし、今はもうフューチャーでもあるGoogle翻訳に突っ込んで、機械の声に聞くことにした。科学の勝利というものだろう。「や・ご・だ」。おれにはそのように聞こえた。ところでЯгодаと左に入れたら右に英語でBerryと出た。前任者のヴャチェスラフ・メンジンスキーを毒殺したとも言われるスターリンの「コウモリ」がBerryなのか。Berry工房。NKVDの拷問部屋のように聞こえてくるではないか。エジョフの足音が聞こえる。そこにロシアがある。おれはとろみのついていないウオッカを飲み干した。気づいたら瓶の残りが半分になっている。もう半分しかないのか、まだ半分あるのか。半分しかなくともロシアはロシアだ。おまえにできるのは、子供の頃の貴花田のモノマネか、さもなくばシベリアでの強制労働だ。どちらを選ぶ? 選ぶ権利はない。それがロシアだ。