英語のできんやつが、生成AIで英語の小説を読めるのか?

今週のお題「最近読んでるもの」

 

おれはこの間、クヌート・ハムスンの『飢え』を読んだ。たいへんに面白かった。

ノーベル文学賞は強い クヌート・ハムスン『飢え』を読め! - 関内関外日記

 

面白かったので、ノーベル文学賞受賞作である『土の恵み』を読みたいと思った。が、調べてもらえばわかるが、これはもう日本語訳が手に入らないといっていい状況なのである。

 

青空文庫にも……ない。あ、では、プロジェクト・グーテンベルクはどうだ?

Growth of the Soil by Knut Hamsun | Project Gutenberg

 

あるじゃないの。あ、元はノルウェー語? 英語の小説じゃない? べつにいいだろ、日本語訳を読もうと思っていたんだ。そんなものかまうものか。

 

が、問題が一つある。おれは英語が読めない。しかし、おれには英語がまったくわからないというわけでもない。おれは大昔に慶応の文学部に入ったのだ。受験科目は「小論文、英語、世界史」。おれはおそらく小論文で高得点を叩き出したという自信があるのだが、英語も悪くなかった。英語が読めないのに。なぜ? それは「辞書持ち込み可」だったからだ。予備校では「辞書をひく時間などない」と言われていたが、そんなことは知るか。まず問題を見て、その後はひたすらに英和辞典をひきまくった。そうすれば、英語の問題も単なる「ちょっとやさしい現代文」になる。おれは国語が得意だった。

 

おれにはそういう経験がある。辞書さえあれば読めるはずだ。それに今度は試験でもないから時間制限もないし、間違っていたところで誰に減点されるわけでもない。なにより今は辞書より優秀なものがある。翻訳エンジンと、生成AIだ。

 

というわけで、おれは、英文をコピーしてDeepLとGoogle翻訳、そしてChatGPTとBing AIに突っ込んだ。ん? なぜ生成AIが必要か? 単語などに引っかかったりしたときに、詳しく教えてくれる。まあこれで無敵だろう。よし、やるか。

The long, long road over the moors and up into the forest—who trod it into being first of all? Man, a human being, the first that came here. There was no path before he came. Afterward, some beast or other, following the faint tracks over marsh and moorland, wearing them deeper; after these again some Lapp gained scent of the path, and took that way from field to field, looking to his reindeer. Thus was made the road through the great Almenning—the common tracts without an owner; no-man's-land.

 

 

……おい、大変じゃねえか。DeepLは「Lapp」を無視するし、Google翻訳でも「ラップ」だ。ラップってなんだよ。と、生成AIに聞いたら、ああ、「ラップ人」か、なんか聞いたことがある。でも、現代ではポリコレ的によくない言葉だって? なんてことだ。「アルメニング」もなんだかわからん。検索してもノルウェー系らしい人名が出てくる。そこで「Almenning means」でGoogle検索する。ああ、五つ目のツール。したら、こんなページがトップ表示された。

Old Icelandic Dictionary - Almenning

古いアイスランド語辞典? でも、見たところ「the common tracts without an owner; no-man's-land」のことらしい。ああ、つまりこれは大文字で始まっているし、英語ではない言葉で、その後は説明みたいなものか? わからん。で、「great」ってなんだよ。「偉大なる」なのか「大きい」なのか。なんとなく「大アルメニング」でどうだろう。これでお願いします、というところだ。

 

というわけで、やってらんねえ。あ、いや、おれ、なんで「翻訳」しようとしているんだ? 意味がわかればいいじゃんか。翻訳する必要はない。というか、これは翻訳とはいえない。話の先が見えていない。出てきた文章をそのまま日本語に書き直しているだけだ。逐語訳というか、同時通訳というか、まあ、そういうレベルじゃないが、そういう感じ。だから、登場人物が出てきたら、そいつの年齢だとか、口調だとか、それはどうするという話になる。一人称はなにがしっくりくるんだ? わかりゃあしない。

 

おれは翻訳というものをしようとしたことはないが、やっぱりまず一通り読み通さなきゃ無理だろう。そのあと、ざっくり日本語に訳して、さらに詰めていく……みたいな手順だろうな。ああ、そんなん、ざっくり翻訳ソフトで意味だけとればいいやって、そんなに長くない英文をどうにかしてきた自分には無理やん。

 

ああ、違う、翻訳ではなかった。どうやって読むか、だ。この手間では読み進められない。というか、無駄が多い。とにかくまあ翻訳エンジンに突っ込むか。次の段落。

The man comes, walking toward the north. He bears a sack, the first sack, carrying food and some few implements. A strong, coarse fellow, with a red iron beard, and little scars on face and hands; sites of old wounds—were they gained in toil or fight? Maybe the man has been in prison, and is looking for a place to hide; or a philosopher, maybe, in search of peace. This or that, he comes; the figure of a man in this great solitude. 

 

これをDeepLはこう訳した。

男が北に向かって歩いてくる。最初の袋を背負い、食料とわずかな道具を運んでいる。力強く粗野な男で、赤い鉄のひげを蓄え、顔と手には小さな傷跡がある。牢獄にいた男が隠れる場所を探しているのかもしれないし、平和を求める哲学者かもしれない。あれやこれやと、彼はやって来る。この大いなる孤独の中に、一人の男の姿がある。

 

悪くないのではないか。

Google翻訳ではどうか。

男が北に向かって歩いて来る。 彼は、食料といくつかの道具を運ぶ袋、最初の袋を背負っています。 強くて粗暴な男で、赤い鉄のひげを生やし、顔と手に小さな傷がありました。 古傷の場所、それは労働や戦いでできたものでしょうか? もしかしたらその男は刑務所にいて、隠れる場所を探しているのかもしれない。 あるいは平和を求める哲学者かもしれない。 あれやこれや、彼はやって来ます。 この大きな孤独の中にいる男の姿。

ですます調がハムスンに合わないような気がする。というか統一もされていない。文章もDeepLに比べるとこなれていない。

では、生成AIではどうだろう。Bing AIに「以下の文章を、ハードボイルド調に日本語訳してください」と頼んで出てきたのが以下だ。

このテキストをハードボイルド調に日本語訳するのは難しいですが、私は挑戦してみます。以下が私の訳です。

「男がやってくる。北の方向に歩いている。袋を背負っている。最初の袋だ。食料と少しの道具を入れている。がっしりとした粗野な男だ。赤い鉄のような髭を生やし、顔や手に小さな傷跡がある。古い傷だ。それは労働でついたのか、それとも戦いでか?もしかしたら男は刑務所から出てきたのかもしれない。隠れ場所を探しているのかもしれない。あるいは哲学者かもしれない。平和を求めているのかもしれない。どちらにせよ、男はやってくる。この広大な孤独の中に、人間の姿がある。」

ん、一番良くないか? 「がっしりとした粗野な男だ。」と、ここで文章を区切っていてテンポがいい。「かもしれない」で文を区切って続けるあたりも悪くない。「This or that」も「あれやこれや」ではなく「どちらにせよ」という方がかっこいい。しかし、「the first sack/最初の袋」ってなんだろう……? アメフト用語のそれじゃないだろうし……。

 

まあいい、「いい調子です。続けてください」とかAIをほめつつ、これで読むか? しかし、読んでいける分量か? 自分の英語力を信じて、DeepLの機能拡張を補助に、あくまで英語を読むか? ちょっと無理だ。それにDeepLはかなり本文を無視するきらいがある。時代は生成AIや。

 

でもなあ、小さいことが気になるんだよな。このあとにこう続く。

He trudges on; bird and beast are silent all about him; now and again he utters a word or two; speaking to himself. "Eyah—well, well…."—so he speaks to himself.

この「Eyah」なんてどう訳すんだ? 調べてみても「Yeah」の打ち間違い扱いされる。ある種の現代的なスラングだとか出てくるが、困ってしまう。「いやー、ウェル、ウェル」、じゃねえよな。いや、そんな意味のあるつぶやきではないのだろうが……。

 

いや、細かいことが気になっていては、読み進められない。Eyahも全文で13回しか出てこないのだ。いや、しかし、なんかこう、仕事に行かなくてよくて、ほかの娯楽が一切禁じられていたら、なんかやってもいいかなというくらいのことだ。興味がないと言えば嘘となるが、いや、しかし、『ヴィクトリア』先に読みます、はい。