水の漏れるビル

すこし遅れて出社すると、天井の点検口が開いていた。床の上にはバケツが三つ。

「またですか?」

「まただ」

このビルは古い。古いので水漏れがする。上の階には人が住んでいる。入れ替わりは頻繁だ。

一つ上の階に行く。ドアは開けっ放し。玄関部分には、十人以上分の靴が散乱している。

「すみません!」

声をかけてみるが返事はない。少し中に入ってみる。家具はベッドが二つあるだけ。人の出入りしている気配はあるが、生活している感じはない。

もう一つ上の階に行く。ドアはしまっている。ノックすると、外国人の若い女性が三人くらい出てきた。ベトナムか、そのあたりから来た人。この階は、いっそう激しい水漏れをしている。

カタコトの日本語で言う。

「水もれ、困ります。どしたらいい? 学校、仕事、行けない」

涙をうかべてうったえている。異国の地で、ボロいマンション。水は漏れる。

「不動産屋さんに、連絡は、しましたか?」

「してない、でも、(ナントカ)さん、日本語しゃべれる」

そういうと、スマートフォンで連絡をとりだした。

おれは職場に戻り、つかっていない大きなゴミ箱を持って戻る。

「とりあえず、これで水をためて」

 

会社の人が、管理会社に電話をしていた。修理の業者がくるのは三日後になるという。それまで、上の階の彼女たちは、学校にも、会社にも行けないのか。水が降るのは承知で、行くしかないだろう。

 

昼休み、おれはコンビニに飯を買いに出る。そのとき、身なりのいい褐色の男性とすれ違う。男は立ち止まっておれが通るのを待った。おれは会釈した。見ない顔だ。

 

コンビニで飯を買って戻る。そのとき、さっきの身なりのいい男とすれ違う。また、立ち止まっておれが通り過ぎるのを待つ。そのとき、男が声を出した。

「ハロー」

おれは戸惑った。

「……は、はろ?」

男はおれに話しかけたのではなかった。男はワイヤレスヘッドホンでだれかと話していた。あ、これが(ナントカ)さんなのか? などと思う。

 

夕方には水もれの、ポタン、ポタンというおさまった。上の階がどうなったかはしらない。ゴミ箱を返しには、まだ来ない。