『スキズマトリックス』ブルース・スターリング

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<機械派>の電線野郎になって二百年生きるくらいなら、さっさと燃え尽きた方がマシさ。

 夏のサイバーパンク週間ということで、『ニューロマンサー』などと並び称されているという『スキズマトリックス』に手を出した。感想の結果から言えば、面白いには面白いが、期待していたほどのキック力は感じられなかった。府中の2,400mにピッタリな血統のトニービン産駒なんかが出てきたが、追ってから案外味がなくて掲示板は確保、といった具合だ。
 原因はなんだろう。まず俺は<機械主義者>と<工作者>の設定にとまどった。前者は機械的な肉体改造をして優秀な機能の獲得と延命をはかり、後者は遺伝子工学で同じ事をする。俺は、この両者の考えの間に、二大イデオロギーとなって争い合うほどの差異を感じることができなかったのだ。どっちも同じようなもんじゃないか、と。何がそんなに決定的な差なのか、と。このしっくりこない加減が、最後まで尾を引いたようにも思う。これは書かれた当時の遺伝子工学への距離と、今の距離が変わっているからなのか、俺の感覚と作者の感覚の距離なのか、あるいは俺の理解度の低さなのか。
 話も長かった。短篇の寄せ集めのように場面が変わり、それはそれで一粒で何度も美味しいのかもしれない。あるいは、タイトルのスキズマトリックス(schism:分離, 分裂+matrix:母体, 基盤, 発生源)的なのかもしれない。ただ、そこを貫く一本の線にも乏しいし、逆にコントラストは浅いように思える。
 一方で、何らかの読みにくさは一貫していた。場面状況の把握しにくさ、時系列の把握しにくさ。これは原文が悪いのか訳が悪いのか俺の頭が悪いのか(三番目が本命)わからないが、この欠点がこの作品のテイストや魅力になるようなものでもない。
 登場人物はどうか。これは駒に過ぎず、あまり感情移入だのなんだのできないようにされている。あえて突き放すものならそれはそれで構わないが、それにしては中途半端な気もした。いや、小説でコスモスの話をしているのだから、キャラクタなんてのはどうでもいいのか、市民。
 というわけで、なんだか悪いことばかり書いてしまったのに自分でも驚いたが、合う合わないはあるのだから仕方ない。読む前はもうちょっとサイバーでパンクかと思ったが、途中から『宇宙のランデヴー』を思わせるような展開になってちょっと驚いたかな、と。あるいは、これと同じ宇宙を舞台にした短編集もあるというから、いつか当たってみようか。マイルならもっと切れる脚が活きてくるに違いない。