『クローム襲撃』ウィリアム・ギブスン/浅倉久志他訳

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 借り物の七晩をすごしたこの棺桶、ニュー・ローズ・ホテル。サンディー、いま、どれほどおれはきみがほしいか、ときどき、おれはきみをなぐる。ゆっくりと、甘美に、残酷に再生してみれば、もうすこしで肌に感じられそうだ。
――「ニュー・ローズ・ホテル」

 ギブスンの短編集。これはもう期待にそぐわぬ面白さだった。どの作品が一番面白かったかと考えると悩んでしまう。そうだ、『ニューロマンサー』のような世界ばかりでなく、いくつもの引きだしがあった。共作ではその傾向が顕著だ。マイクル・スワンウィックとの共作「ドッグファイト」は、脳直結のホログラム空戦ゲームをポーカーか何かに置き換えれば、そのまま古典として成り立つようなストーリー。空戦の緊迫感も見どころ。力の入った序文も書いているブルース・スターリングとの共作「赤い星、冬の軌道」は、ソ連の見捨てられた宇宙ステーションが舞台で、これもサイバーパンキッシュではないが、ピリリと辛い。一転して「ガーンズバック連続体」では、かつて夢見られた未来想像図をセピア色に描き出してみせて、少しディックを思わせる。「辺境」は一種のコンタクトものだが、描かれている主人公たちの立ち場が面白い。
 で、電脳物の数々といえば、まず先頭打者の「記憶屋ジョニイ」。サイボーグ海豚が出てくるまで、映画『JM』の原作だとは気づかなかった。ヤクザは北野武、ジョニイはマトリックスキアヌ・リーブスだったか。表題作「クローム襲撃」は『ニューロマンサー』の原形とも言え、切れ味鋭い。しかし、自分のお気に入りは「冬のマーケット」の方か。ギブスンの描く女性、モリイ、サンディー、リッキーとそれぞれ似た傾向にあって魅力的だが、これの<外骨格>(エクソスケルトン)付きのリーゼにとどめを刺す。
 そういえば、この短編集の訳は複数人手掛けている。浅倉久志はSF入門者の俺でもヴォネガットやディックでお馴染みなのだけれど、ことギブスンに関しては黒丸尚という人の方がしっくりくる。癖はあるけど、その過剰さがたまらんのだ。