『陰陽師』13巻/岡野玲子

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 松岡正剛空海の夢』によれば、陰陽師とは国家最大のイベントでもある新都占地の役割をも担い、陰陽タオイズムは平城京遷都ではついに「古今平城の地は四禽図に叶い三山鎮をなす、亀筮に従う云々」と詔勅までになったという。岡野玲子陰陽師』は阿倍晴明が一千年前に仕掛けた罠の反動によって原作者夢枕獏の仕掛けた設定を突き破り、混沌と創造、心情と幾何学のソリッドな世界に踏み込み、トト・アンク・アメンと大エジプト、占時略決とホロスコープが一大時空の運動となり、現代漫画の極北に輝く奇書として神聖比率の中に鎮座する圧倒の書である。合掌。
 ……などと、『ヴァリス』(サンリオSF文庫)の解説文を思わず模倣したくなるような最終巻であった。俺の感想はというと、だいたいAmazonのレビューなどに見られるものと大差ない。ただ、俺は1〜12巻までを一気読みしたという経緯(id:goldhead:20050920#p2)から、原作のファンや連載を逐一追ってきた人とは、受け取り方がちょっと違うかもしれない。なんだかもう、バーッと流れに乗ってきてしまったものだから、「あれ、おかしいぞ?」と思ったときには読み終わってたというようなものなのだ。
 しかしまあ、どうしたものだろう。最後の方は、だんだん漫画が読めなくなってきていたのも確かだ。見開きで横にぶち抜かれて三段、みたいなのについていけなかった。俺は元より少女漫画を読むのに苦痛ではないタイプなので、これは少し不可解だ。最近の漫画読書量低下か、この本の物質的な重量がもたらしたものかもしれない。
 しかし、エジプトか。エジプト出てきたか。平安京の構造にどこぞの古代エジプト研究を当てはめたというところのようだ。身体―都市―宇宙の調和的原理。ミクロコスモスとしての人間が、それ自体巨大な人体と考えられていたマクロコスモスである大宇宙と同心円的相似関係にあるとされたアントロポモルフィックな世界像。これって平安京に行くのではなく、そのままヨーロッパ行ったらええねん。ウィトルウィウスとか行ったらええんちゃう?……などと、こないだ読んだ『都市のイコノロジー』(若桑みどりid:goldhead:20050930#p2)をパラパラめくりながら思ったりするのだ。いや、決してそれはよろしくない。エジプトと平安京をズバッと繋いでしまうからこそ、これなのだ。いや、ようわからん。俺にはわからん。
 しかしなんだろう、異人(マレビト)としての道満の描かれ方とかはスゲエよかったんじゃないのか。浄と不浄、貴と賤。こういう、民俗学の本などで読んだイメージを絵として書き表す。そういう意味で、例えば道と道とが交わる辻に発生する何かとか、そういったところを描く漫画などがあれば読んでみたい。……って、これこそ『陰陽師』の前半、原作路線とも言える部分じゃなかったのか。いやはや。
 しかしまあ、自分で身銭を切ってない(最終巻は俺が買って1〜12の貸し主にプレゼントするのが筋かと思ったが、さまざまな事情によりまた借りた。次は岡野玲子の筆で描いたやつを借りようと思ってる)せいもあって、なかなか稀なものを読んだという感想。作者にはこの調子で己の宇宙観の結実たる書(もちろん漫画で)を描きあらわしてもらいたいもの。手元に置いておくとすれば、この『陰陽師』前半だけれども。