不味いコーヒーのハードボイルド・ワンダーランド

 主人公の探偵なり刑事なりが、やさぐれた女の一人住まいもしくは哀れな老婆の一人住まいを訪ねる。歓迎される風でもないが、一杯のコーヒーを差し出される。煮詰まったそれは、もう飲めたものじゃない。一口啜って早々に退散する。……これが俺にとってのハードボイルドのイメージの八割だ。
 職場にコーヒー・メーカーが導入されたのは今年の初めだった。それによって俺は、その不味いコーヒーを実感した。「なるほど、これがハードボイルドか」とかいう具合だ。そうするとこのボロビルのボロ職場もボロ探偵事務所気分になって俺はボロ探偵気分になるかといえばそうでもなく、我々日本人からすると煮詰まったコーヒーのにおいは醤油そのものであって、ただただ根岸の里の侘びしさだけが増すといった具合なのであった。