10年より前のことだろうか。俺がはじめてスーツを買うことになったときのことだ。父はこう主張してやまない。曰く「VANで揃えよ。金ならワシが出す」。ファッションについて無頓着な俺、父は父でそれなりのオシャレ親父だったために、言うとおりにする。どのあたりがアイビーだかネイビーだかわからない。
報道ステーションで、そのVANの特集をやっていた。いかに日本男児のファッションを革命したブランドであるかと。外見はビシッとかっこいい印象のある高田純次などもVANの洗礼を受けた世代。そうか、たぶん父もそうだったのだ。
しかしだ、あれは若いころ、ワセダ大学でガクセー運動にいそしんでいたのではなかったのか。VANというよりバンカラ、「ワシはガクセー運動をしていたから、ビートルズをリアルタイムで知らない。それがもったいなかった」と、遅れ遅れてビートルズのCDを買っていたのではないのか。ともすれば、ワセダと反対のカラーの大学に入った息子にアイビールック着させるというのも、ひとつの願望の現れだったのかもしれない。そして結局、俺は場外馬券売り場に溶け込むニートになり、家族は解散し、父もなく子もなく、VANはロゴだけの廉価ブランドもどきになってしまい、いずれにせよ昭和は遠い夢のまぼろし。