私がいつ一番利口になるかはわからないが、少しは賢くなったような気もするし、ちょっとは進歩したつもりかもしれない。私も少しは賢くなりたいし、あるいは少し賢くなったのかもしれないが、もう少し利口になれたらとも思う。人間は少しずつ進歩してきたし、いくらか利口になったかもしれないが、まだまだ利口でないところもあるかもしれない。万事賢くなったわけではないけれども、ますます役に立つようになりたいと思う。世界はだんだんよくなってきたし、いくらか利口になったかもしれないが、本当のことはわからない。人間は、少しずついい世界になりたいと思うが、あてにはならない。ますます利口になり、ますます賢くなりたいと思う。世界はだんだんよくなっているし、少しは進歩したかもしれないが、万事よくなりたいと思っている。ますますよく。
……と、朝から武者小路実篤モードになりかけてしまうのだがけれど、この「世界はだんだんよくなっている」というテキストはどうなのか。私には難しいことはわからないが、だいたい言ってることは正しいと思うのだが、少し違和感があると思う。世界はだんだんよくなっているし、先を行くものはずいぶんかしこくなったと思うし、後に取りのこされたところも少しずつはよくなっているのだろうと思う。まだまだ解決しなければならない課題も山積みで、肉体的な生死のところで困っている人も大勢いるのだろうけれども、我々はますますかしこくなって、人の役に立ちたいと思っている。
今だって犯罪はなくならないし、政治の腐敗もある。戦争もある。既得権益を手放さない奴もいる。
世界はだんだんよくなっている
くだらないことを自慢げに喋る奴もいる。人を簡単に傷つける奴もいるし、差別も格差もなくならない。
でも、それはいつの時代だってそうだ。逆に言えば解決するに値する問題はいくらでもある。悲観的になっている場合じゃない。
そして、そうすることのできる条件の整った時代に僕らは生きている。日本に限っていえばなおさらだ。
私がいくらか違和感をおぼえるのは「そうすることのできる条件の整った時代に僕らは生きている。日本に限っていえばなおさらだ」と言われていることらしい。たくさん列挙されたさまざまの「今の世の中って最高」ということも、おおよそ日本のなんとか少しは豊かな階層に限ってのことだなのだろうけれども、私の実感ではますますそれらが私から失われるであろうと思っている。ますます世界の人たちは豊かになっていくし、「最高」になっていく。一方で、それと引き換えに私は私の既得権益を失っていくだろう。
世界の人々はますますかしこく、豊かになっていくだろうし、「今の世の中って最高」がますます皆に広まっていくと思っている。ただし、その過程で、たまたま日本のそれなりに豊かな家庭に生まれて、日本の景気とともにだんだん没落していきながら崖にしがみついている私は「最高」をだんだん失っていくと思っている。世界が少しずつ進歩していく中で、一部で揺りもどしもおこるだろうし、不相応な富をうけていた人間はだんだんそれを相応に失っていくと思っている。
長い人類の進歩はみなますますよくなっているし、ますますかしこくなっていくだろうし、日本も少しはペースが落ちたり、いったんマイナスに転じるかもしれないが、やがては少しずつ利口になり、だんだんよくなっていきたいと思う。とはいえ、私はいくらか利口かもしれないが、世界の新しく、意欲に満ち溢れ、ますます賢くなりたいと、「最高」になりたいと思っている労働者たちと伍して、そのなかでますます豊かになることも、豊かでいられることもできるとは思えない。そもそも私は働きたくないと思っているし、ますます働きたくなっていくと思っている。あてにはならないが、働かなくなると思っている。
私はいつまでも「最高」でありたいし、豊かでありたいし、少しは賢くありたいと思っている。もう少し豊かになりたいとも思うが、努力もしたくないし、その能力にも欠けていると思う。
そして、今僕らが生きているこの時代だからこそ存在しうる自由をもっと享受しよう
世界はだんだんよくなっている
そして、私は私が生きているこの時代だからこそ存在しうる自由をもっと消費しようと思っている。いずれ失われるのであれば、ますます今食べるしかないと思っている。冤罪事件と目される罪で死刑になった人の手記に「おいしいものから食べなさい」（三鷹事件／竹内景助）とあって、私はますますその意味がわかってきたような気がしている。無能の日本人に未来はないし、路上に放り出されるのがわかっているのだから、今、偶然、たまたま手にしている果実を、腐らないうちに食べるしかないと思っている。皆がますますそう感じて、すべてをなげうつように消費すれば、少しは景気がよくなるのかもしれないが、そんなことはわからない。
私もできればますます賢くなって、人の役に立ちたいと思っている。生き方に関しても万事賢くなりたいと思っているし、あらゆる意味で人間は進歩していきたいと思う。どのていどのものかわからないし、人類が一番賢くなるのがいつになるのかもわからないが、少しは賢くなってきたのも事実だし、だんだんよくなっていきたいと思う。ただ、歴史の中のごく一点のたまたまここに生まれたこの俺という一粒の存在にとって、なにか問題を解決しようという頭もハートもないし、享受している豊かさを維持することもできないと思っている。できればいくらか日本語の存在が障壁となって、辛うじて衣食住に困らないていどに死ぬまで逃げ切りたいと思っているが、どうなるかはわからない。現に、私よりますます貧しく、恵まれていない人たちもおおぜいいるだろうし、私よりますますかしこくなく、働くのに向いていない人間もいるだろうが、正直、知った話ではないと思っている。私はますます落ちていくだろうし、そのとき路上で隣同士になったとき、少しだけいい人間でありたいと思っている。ますます。
