- 作者: 松岡正剛
- 出版社/メーカー: 筑摩書房
- 発売日: 2005/09/07
- メディア: 文庫
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「弱さ」は「強さ」の欠如ではない。「弱さ」というそれ自体の特徴をもった劇的でピアニッシモな現象なのである。それは、繊細でこわれやすく、はかなくて脆弱で、あとずさりをするような異質を秘め、大半の論理から逸脱するような未知の振動体でしかないようなのに、ときに深すぎるほど大胆で、とびきり過敏な超越をあらわすものなのだ。部分でしかなく、引きちぎられた断片でしかないようなのに、ときに全体をおびやかし、総体に抵抗する透明な微細力をもっているのである。その不可解な名状しがたい奇妙な消息を求めるうちに、私の内側でひとつの感覚的な言葉が、すなわち「フラジャイル」(fragile)とか「フラジリティ」(fragility)とよばれるべき微妙な概念が注目されてきたのであった。
イチローの話をする。昨年末、NHKでイチローのドキュメンタリをやっていた。シアトルからニューヨークへ引っ越したイチローがまっさきに取り寄せたのが独自のトレーニング・マシーンだった。正確な言い回しは忘れたけれども、子供のころはわかっていた身体の使い方を忘れさせないためのもの、というようなことだったと思う。その仕組みはわからない。ただ科学的なトレーニング、数値に表れるなにかではなく、己の身体への感覚みたいなものに意識があるのだと、さすがと思ったものだった。
もうひとつ、毎年訪れるという野球殿堂そばの、そこが発祥の地とされる小さな野球場を訪れたときのことだ。もしもここがなければ、ここで野球というものが生まれなければ、今の自分もない。ただのルーツ巡りでない、なにかの消息をたどり、わずかな違いで起こりえなかったかもしれないことに思いを馳せているかのような、その姿にもなにか普通の野球選手とはどっかしら違うのかなどと思ったものだった。
……なぜイチローか。本書あとがきで著者が「人で言えば」と聞かれ、「オリックスのイチロー」を「芯とバネのあるフラジリティ」として挙げていたからだ。単行本1995年、文庫本2005年。まあいい、あのドキュメント番組を見ていたので、唐突に出てきたイチローの名前にも驚かなかった、という話。
して、本書はといえば、「弱さ」そのものに焦点をあて、古今東西の弱さの消息を、文学、芸術、科学、神話……と集めてぶち抜いてくような本である。
こうして松岡さんは二章以下、フラジリティの例として、茶、能について語り、ヒトザルがヒトになったとき、動物界で「最も弱い存在」をめざしたのはなぜかを問いかけ、トワイライト・シーンとものの「あはひ」の意味を提示し、生物進化における弱々しいウィルスたちの意外に大きな役割に言及し、ホモセクシャリティ文化の新しい局面を示唆し、ヨーロッパの「欠けた王」からわが国の長吏、弾左衛門、任侠の世界へ案内し、弱いネットワーカー売茶翁高遊外を称揚し、ついにスーザン・ソンタグの「ラディカル・ウィル」に導く。
と、まとめてくれたのは解説を買ってでたという詩人・高橋睦郎。
もちろん、『十二の遠景』の高橋睦郎もフラジャイルな感性の持ち主に他ならないはずだ。
……そんで、えーと、さすがになんというかこの、こんだけの広範囲をぶちぬいていくようなことになると、それぞれの専門かりゃ見りゃ「むちゃくちゃじゃねえか」みてえなもんもあるだろうし、科学の援用みてえのはトンデモに踏み込むこともあるし、イチローがオリックスじゃないみたいに、日々新しい発見もあろうし、定説も変わってこよう。そんでもって、おれなんかは一つの専門領域も持たずにポケーッとものも情報も食ってるだけで、その正否とかわかりゃしねえよ。正直、なにいってるかわかんねえよってところばっかりだよ。
でも、なんだろうね、なんかね、コレクションをぶちまけたというというか、いやなんらかのジャンルで括られた本棚というか、そういう松岡ワールドは、うさんくささ込みで好きなんだよ。トワイライトの趣味というか、稲垣足穂趣味というか、そういうところの好みの気配があるからなんだよ。それで、さんざんにたくさんの人名、書名にリンクされた本で、これ読みたい、あれ読みたいってなってさ。
って、どうもどうにもなんかうまく紹介できる気にもならんのは、これがとても編集されたものであって、それで……、なんといっていいかわからんが、あれこれ気になったところだらけで、それはそれとしておれのメモで、まあ日記なんてそんなもんだけど、そのへんはべつにここに書かなくてもいいやという気になってもいて、気になったものは手にとってそのうちここに書くだろうとかどうとか。
じゃあ、「フラジャイル」って感じってものについて、おれどうなんだ、おれの腹だか肝だか出せって言われると、それもいっつも適当に弱音吐いてるていどのことで、通常運転じゃねえけど、そんなところかな、とか。そんじゃ。
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……というか、おれが仏教なるものに興味を持ったのは『空海の夢』だったので、その点でもありがたく思っているところがある。