優雅で感傷的な日本野球脳の恐怖

 「へー、もう34になったんだ。おっさんじゃない。同い年の有名人だとだれがいるの?」と女。
 「正田樹っすかね? 桐生第一から日ハムにドラ1で、台湾とかでもプレイしたサウスポーの」とおれ。
 「誰それ?」と女。
 ……そして、今しらべてみたら正田樹はおれより2歳年下であることを知り、いったいいつからこの勘違いをしているのかわからないおれ。

 そのままWikipediaで1979年生の人名を手繰る。プロ野球選手でいえば五十嵐亮太廣瀬純井川慶山田秋親、そして今回のWRC投手陣最年長の能見篤史。アイライクノウミサン。まあ、おれは早生まれなので、4月以降に生まれた1979年生まれの人間よりも1978年4月以降に生まれた人間、ようするに年度における同期じゃないとしっくりこないという面倒なところもあるのだが。
 ただ、結果的に間違いだったとしても、とりあえず野球選手で即答してしまうあたりが野球脳の恐怖である。芸能人で同い年は誰か? 窪塚洋介だの篠原ともえだの出てくる余地がない。
 というわけで、WBC初戦の話を書く。対ブラジル戦。おれはなんとなく日本代表なりが弱い相手と戦う場合、天邪鬼を発揮して相手を応援することがあるが、今回はそういう気持ちになれなかった。物心ついたときからのカープファンであるおれにしても、指揮官のあれは幼い日のヒーローでなくピーコにすぎないし(ピーコに失礼)、強化試合だか壮行試合だかを見ても、「あんまり強くないのでは……」感が漂っていたからだ。「選手たちがみな小粒になった」と、姜維一人感みたいななにかすら感じる。まあ、いろいろ仕方ない面もあろうが……。
 試合は結果的に日本が勝った。苦戦の末になんとか勝った。でも、はっきり言って上から目線で「ブラジル野球のレベルも上がっているようで何よりだ」などと言えたようなもんじゃない。バットはよく触れていたし、セーフティバントやディレイドスチール、小技も効く。これに身体能力が加わって、まったく普通に強いじゃないの、という具合だ。いや、でも、日本の他スポーツが「野球に身体能力のある子を取られすぎる」と愚痴るなんて話もあるのに、そのトップクラスの人間が身体能力でそんなに劣られてしまうものなのか、などとも思うが。まあ実際そう感じるのだから仕方ないか。
 というわけで、とっとと広島はブラジルの一番打者と三番打者と最後に投げた40歳のおっさんを早急に獲るべきだ。え、大リーグとかヤクルトが先ですか。
 いや、しかしあのおっさん、味があってよかったね。ボールが重力に逆らえないで落ちていくかのような変化球をペロンペロン投げてくる。おれは昭和の野球脳として、『がんばれ!タブチくん』のヤスダを思い浮かべずにはおられなかった。ありゃあきっと魔球だね。「見逃してください」って言ってんだ、きっと、ボールが。オーヤは怒っていい。
 タブチくん、みたいな選手いねえな、日本代表。ブラジルはその点で、16歳のミサキくんから、代打で出てきたすごく大きいやつとか、いろいろいて面白い。いや、レベルが高くなれば平均的に強まるのはしかたないし、おかわり君みたいなタレントが怪我で出られない事情もある。もちろん、選ばれた選手は好選手ばかりだ。ただ、なんというか、好選手であって、すごく頼りになる存在なんだろうけど、ずば抜けたすごくすごい感のある選手がいないような気もする。おれは巨人が嫌いなので悔しいが、阿部慎之助あたりか。中田翔は不調だし、糸井にしても……。いや、ボールのせいで打者の数字が地味になっているのはあるけれども……。
 というか、おれ、ほとんどシーズンの試合なんて見てねえじゃん。なのに、なんか野球知っている気になっている。おそろしい話である。正田樹の年齢すら間違っていたというのに。なぜ自分のチームの六大学三冠王の年齢を覚えていない。兵動秀治は競輪選手として活躍しているのだろうか。
 いや、そういうところじゃないんだな。なんとなくわかるような気がする。ここが好機だとか、流れがきているとか、あるいはいかにもこいつは引っ掛けてゲッツーになりそうだとか、投手が投げた瞬間に「甘い!」と感じたりとか。そのあたりは、なんとなく、何年自転車に乗っていなくても、一度覚えていれば……に近いものがあるかもしれない。
 それに野球は、わかりやすいもんだよ。なんつーのか、最初のルールの壁みたいなもんはあるけど、「ここが見どころ、勝負どころ」というのがはっきりとわかる。しびれる瞬間が訪れるかもしれないシチュエーションというのを、腰を落ち着けてじっくりと見入ることができる。一打逆転のチャンス、サヨナラのチャンス……そんなときでも投手が投げるまでの間がある。解説も聞ける。緊張感の快楽が長く続く。シャブ打ってセックスすると射精が長く長く続いてやみつきになるというが、そういうところがある。このあたり、あまり目まぐるしさについていけないおっさんにも楽しめる。
 もちろん、サッカーなりほかの球技なりの脳を、見る目を持つ人にとっては、それぞれに見どころ、勝負どころが判断できるんだろうが、たとえばサッカー、おれにはなかなかむずかしい。メキシコ代表のサッカーが好きだといったところで、試合中のすばらしいパスワークのワークの具体性についていけない。相手フォーメーションがどうなっていて、どの選手のどのポジション取りをどのように突いているのか……。それを判断するスピードというのは、おそらくもう身につけることはできないだろう。一年中サッカー見て何年か経てば、という気もしない。ただ、そういうのを気にしないで日本代表なりメキシコ代表なりを応援することにあまり気乗りしないこともないし、気後れもしないでいたいとは思う。なにをどう観ようと人の勝手だ。
 ということで、ともすれば衰退していくかもしれない日本野球にとってWBCの舞台は悪くない。知らん人の入り口になるかもしれないからだ。なんだかわからんが、代表の試合は見てしまう、というのはある。べつにそれで99%の新規視聴者が終わったあとに去っていってもいい。WBCいうもんが、一番悪しざまに言われているような代物そのもので、今回を最後に終わってしまうかもしれないが、もしそうじゃないときのことを考えたら、やっぱり参加するべきであるし、できれば勲章をもう一個増やせりゃ万々歳だ。サッカーのワールドカップだって、最初はそんなに参加国多くなかったんだろ。100年後の万が一を考えりゃ、悪くねえよ。まあ、どうなろうと、あんまりそのあたりは考えないで、せっかくの地上波でやってくれてるんだから応援すんよ。でも、前田健太だけは壊してくれるなよ。おしまい。

(あんまり関係ないけどヒューバーのサインボール)