ミューレンとクールボー

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季節相応の格好をしているが、風が冷たく感じる。

ともすれば、歯をがちがち鳴らすほど寒い。

気温の問題じゃなくて、心の問題なのだろう。おれはこの凍てつくような不安感にずっとさいなまられるのだろう。おれは何度だって春が嫌いだといえるが、その春の生暖かさすら感じられなくなってしまった。いくら抗不安剤を飲んだって、このふるえはとまらない。

無門は言う、「瑞厳親爺は自分で自分を買ったり売ったりして胡散臭い一人芝居をなさったもんだが、一体何が言いたいんだろう。さあ此処だぞ。一人は喚ぶ者、一人は応える者。一人ははっきり目覚めている者、一人は他人に騙されたりはせぬ者。しかしどの一人を肯がってもやはり駄目だ。そうかといって瑞厳和尚の真似をして一人二役でもしたならば、野狐禅もいいところだ」。

 このところ明け方に何度も目がさめる。今朝もさめた。さめたおれは、なぜか「腹筋運動をしなければ」という強迫観念に支配されていた。だが、おれは一回たりとも腹筋ができなかった。まったくできなかった。できる気配がなかった。金縛りだと気づいたのはしばらくしてからだった。

職場の窓から斜め向かいのビルが見える。窓に会社名が貼ってある。しかし、もうとっくにそんな会社なくなっている。古びたビル、無人のオフィス、会社名だけは主張している。どんな仕事をしていて、どんな理由でなくなったのか。中にいた人はどこへ行ったのか。

「図々しいオンドリだね、ほんとに! あの娘の体は鉄じゃないんだよ。あんたたちが、あの娘の代わりを勤めるかい? 悪党! どこの馬の骨だい、あんたたち!」

しかたなくマクドナルドに入るということもある。いつのころからか、マクドナルドのポテトフライの塩味が自分にはきつくなりすぎた。だから「塩抜きで」と注文 したいのだが、そんなことすっかり忘れてしまう、あの慌ただしいカウンター!

 

だれがミューレンとクールボーの話をすると約束したんだ?

 

流しのアルミたわしから何かが発芽しているのを見つけた。おれはその何かを目の高さに置いてあった多肉植物の鉢に突っ込んだ。多肉植物が枯れたのちもその何かはぐんぐんと伸び、這い、立ち上がり、花まで咲かせた。たぶん、トマト。

食品館あおばの肉売り場でおれは逡巡した。豚肉のあまりの高さに尻込みした。お得なジャンボパックですらこの値段。牛肉と変わらないじゃないか。しかし、お好み焼きから豚肉がなくなるのは……。一度、かごに入れた。しかし、戻した。戻したおれはほかの肉を見て回り、ボイル済み白モツを買った。当分はボイル済みの白モツを買うことになるのだろう。それすら買えなくなったとき、おれはもっと寒くなっているのだろうか、寒さすら感じないのだろうか。寒さすら感じない陽光おれそのもの、灰になるのです。

 

 

無門関 (岩波文庫)

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エレンディラ (ちくま文庫)

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