あるわいせつ写真師の旅立ち

「儂は、南極に行こうと思うでな。儂も老い先短い身じゃ、こん一生をわいせつ写真で食うてきた最後に、南極に行こう思うんじゃ」

 仄暗い小屋で囲炉裏を囲む男たちの目が一斉に長に注がれる。それぞれにわいせつ写真師の村を支えている男たちである。なかでも年長の与平が口を開く。

「長よぉ、長、急に何を言い出すが。こん世のどこにもエロごたるはあろうが、なんぞ南極言うか。そげなとこ、吹雪、吹雪、氷の世界じゃ、ただ真白な世界ぞ。異人男の抱き人形としとるが撮るか? そげなもん、たぁれも面白がらんじゃろが」

 一呼吸置いて長は口を開く。

「儂は船乗りからこげな話きいたんじゃ。なんでも南極じゃの、オットセイがペンギンば無理やり犯しちょるいう。オットセイがやぞ。儂も長い写真師のなりわいの中で、そりゃあもう一杯のまぐわいば撮ってきた。単なる百姓の親父と嬶のまぐわい写真が欲しかと言われりゃ、それば撮っておさめて、スク水漁師の若もんとおっさんのまぐわいを撮ってくれと言われりゃぁそれば撮っておさめて、おまんま食うてきた。わいせつ石膏だけ撮って送ってくれ、おれはその写真じゃなきゃ駄目だいう男もおった。なんぞこの世には数限りのう煩悩があって、人の生活のおもてならんところで、日も夜もやらしいことば行われちょる。儂はそれをつぶさに見てきて、もう人の欲望いうもんがわからんなってもうた。わいせつなもので食い、ちょっとの腕があって、長にまでなって、それでももうわしは長いことエロいうもんにちいとも興味を持たれんようになってもうた。じゃっどん、オットセイがペンギン犯しちょる聞いて、儂は何十年かぶりに火が付いた。そんこと考えておるだけで、ほかならぬ儂の息子がおさまらんなって、とうとう気をやってもうた。触らずにじゃぞ。儂もわいせつ写真師の端くれじゃ、一生に一度は己がためのわいせつ写真ば撮りとう思う。一生のわがまま、頼むから聞いてくれんかいの」

 長はそう言うと、深々と頭を下げた。わいせつ写真の腕はもとより、その人望によってながく写真師衆の長を務めてきた男である。並々ならぬ決意を誰も止めることはできなかった。

 いよいよ漁船に同乗して長が旅立つ日が来た。村のものばかりでなく、馴染みの客から、ときどき被写体として村を訪れる、おまんと呼ばれる女達も集まった。おまんたちの故郷の名産であるあずきを餞別に渡し、別れを惜しんだ。

 長の心はその日の空のように晴れ晴れとしていた。自分がいた世界がいかに狭く、暗いものであったか思い知らされた。自分はこれから、広く、明るいところに行くのだと思った。

「皆で支え合い、村の伝統ばよう守ってくれろ。与平よ、あとは頼んだぞ」

 と言い残し、長は船に乗り込んだ。

 その後の彼の消息を知るものはいない。オットセイがペンギンを犯す渾身のわいせつ写真がこの世のどこかにあるのか、それともないのか。それを知るものも、またいないのであった。