お上のお仕事について

おれは零細企業というか、家内制手工業というか、そんな規模の会社に勤めて二十年くらい経つ。働き始めた当初はおれが一番の若手で、二十年くらい経ったいま、おれが一番の若手だ。その程度の企業だ。

だが、扱っているものがニッチなために、ときどきとんでもないところからお声がかかる。十年くらい前の話だ。そのとんでもない電話は宮内庁からあった。電話は宮内庁からあったのだが、予算は宮内庁の予算ではないという。内廷費から出るという。一番上の内廷費から出るという。内廷費とはなにか。各自、調べられたい。……調べたか。そうか。というわけで、それは、「宮内庁御用達」案件ではなく、「皇室御用達」案件なのであった。

が、タイミングの問題で、おれは別件をやっていて、それについてのデザイン、DTP作業に携われなかった。その他作業にも携われなかった。「ああ、おれがやればもうちょっときれいにやれたのに」と思ったりもした。ともかく、ああ、おれが、やりたかったな、という悔いが残った。あれ、おれに根深い恋闕のがないとだれが言った?

そして時は経ち、このごろの話である。今度は宮内庁から宮内庁の予算で十年前のものを作り直すというお話であった。普通は作り直さない。新しいものと取り替える。しかし、最初のご注文がなにせお上の内廷費から出たものだ。それを捨てるなんてとんでもない、ということらしい。

今度は、おれがやった。おれが作り直した。現場には出向くことがなかったが、おれがおれのiMacで作ったデータだ。今回は内廷費ではないが、まあいいのだ。なにか、ずっと抱えていた残念さが消え去るような思いがした。

というわけで、おれの仕事で一番すごいのは、それということになる。そう言わせてくれ。「おまえ、自称のんべんだらりのアナーキストじゃなかったのか」と言われてもいい。「この権威主義者め」と言われてもいい。が、ともかく、こいつはロイヤルでスペシャルなことなんだ。

おれの会社の会社案内、「主な取引先」の一番上には「宮内庁」の三文字が鎮座している。が、実際のところは「天皇陛下」だ。今は上皇陛下だ。

もちろん、「これはすごい宣伝になるかもしれない」と、新聞記事になったのを会社のブログに載せたりもした。でも、すぐ宮内庁から電話がかかってきて、「宣伝には使わないでください」、「あ、はい」ってなった。チェック厳しいわ。でも、「皇室御用達」と銘打ったいろいろな品物あるよな。老舗なら許されるのか。ようわからん。でもいいや。と、そんな思い出。

 

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