この作品は……。作者自身の紹介、いや「宣伝」を読んだほうが早いだろうし、いいだろう。
2001年9月11日。
同時多発テロは起こらなかった。24世紀の未来からやってきた500万体のアンドロイド集団「ガーディアン」が、大規模な歴史改変を開始したのだ。彼らはテロや事故や犯罪を未然に阻止すると同時に、全世界の軍備を無力化して戦争を不可能にし、一部の独裁政権を解体した。
語り手であるSF作家「山本弘」も、カイラ211と名乗る美少女アンドロイドの訪問を受ける。「危険を看過することによって人間を傷つけてはならない」という本能に従っているガーディアンは、「罪のない者が傷つけられることのない世界」の実現を目指していた。
だが、崇高な理想に基づくその行動は、全世界に波紋を広げると同時に、山本弘の人生に思いがけない影響を及ぼしてゆく……。
- 正直、おれは2020年の今年、山本弘作品、それも『プロジェクトぴあの』を最初に読んだような人間であって、「語り手・山本弘」ネタについてはよくわからない。日本SFネタについてはよくわからない。
- 小川一水が出てきたので、「あ、小川一水」とは思った。
- 「去年はいい年になるだろう」とはいいタイトルだと思う。未来からやってきた「ガーディアン」たちは、どんどん歴史を遡って改変(改善?)していく。良い方向に進む分岐が過去にできていく。
- 改変(改善?)……というのはこの本の一つのテーマだろう。統計の数字では語り得ぬものがある。
- 「善意に基づく行動が良い結果を生むという保証はあるのか?」と、上の宣伝ページにもある。
- 先にも書いたが、おれは「語り手・山本弘」も、「著者・山本弘」もよく知らない。もちろん、この時代にあって「よく知らない」というのは、Googleで検索をかけてとりあえずの情報を得たうえで、という前提がつくのだが。
- というわけで、「語り手・山本弘」と「著者・山本弘」の関係が、P.K.ディックとホースラヴァー・ファットの関係みたいなものかどうかよくわからぬ。というか、ディックもよくわからぬ。
- 現実離れした世界に紛れ込んでいく、そのあたりはディックっぽくもあるが、ディックより理路整然としているというか、そこまで多重世界の複雑さに陥るということはない。ちゃんと図解もついている。
- 複数の過去の未来の自分にもナンバリングしてくれているので安心だ。ところで、「未来の週刊少年ジャンプに掲載されている大傑作を知ってしまい、それをパクる漫画家」の漫画がここのところ話題になっているが、「未来の自分が書いた作品」はどうなのだろうか。
- 「宣伝」の冒頭にある通り、この作品の始まりは9.11である。9.11が起こり、起こらなかったというころから始まる。2001年あたりの事件や災害が多く記されている。この作品が発表されたのは2008年~2009年くらいだが。
- となると、どうしてもおれは思ってしまうのである。ああ、この作品世界では3.11が起きなかったのだな、と。
- 「日記を書き直した体」という作品ゆえに、世間の事件、災害について多く触れられているだけに、そこは強く意識された。最初に9.11から始まり、数ページ読んだところで、おれはこの作品が発表された時期を調べるために注意深く最後の方のページをめくった。
- 9.11はもちろんおれにとっても人生のなかで見た最大級のニュースだった。ペンタゴンに飛行機が落ちたときなど、世界大戦が起こるんじゃないのかと本当に思った。
- とはいえ、3.11の衝撃も大きかった。南関東にいて人生で一番大きな地震にあったということもあるが(おれにとって大きかったというだけで、被害というほどの被害が出た地域ではない)、なにより原発事故のインパクトも忘れがたい。津波被害の映像も脳裏に焼き付いている。
- もしも、「ガーディアン」が3.11について対処するとしたらどうしただろうか。人々を安全な高台に避難させ、原発を改築するか、未来技術で防壁でも作っただろうか。
- 「ガーディアン」たちはピアノ・ドライブがない未来から来たようだ。
- そして、おれの想像がさらにもう一つの災害に飛躍したことも容易に想像がつくだろう。2019年に発生し、2020年に世界でパンデミックを起こした……起こしているCOVID-19、新型コロナウイルスについてだ。
- ひょっとしたら自分は、未来のアンドロイドがどうにかしなくてはならないと考えるような、大災害をさらに二つ知っている、そういう時代を生きてきた、ということだ。
- そしてもちろん、それは「語り手・おれ」にとってのニュースにすぎない。「語り手・だれか」にとっては、それこそ津波に巻き込まれたり、感染病に冒されたりしているはずだ。戦禍をこうむってる人間だって世界には少なくない。
- おれよりもそれらの被害から遠い人も、人それぞれに「語り手・おれ」の人生の問題に直面し、生きている。大なり小なり、いや、大きさをはかる尺度なんてありはしない。それぞれに生きている。
- 『去年はいい年になるだろう』は、それぞれに生きている人間、そしてそのうちの一人による語り思い出だ。
- そして、人生は続く。
- いつ終わるかわからないが。
- 未来人が教えてくれない、いまのところは。
<°)))彡<°)))彡<°)))彡<°)))彡
<°)))彡<°)))彡<°)))彡<°)))彡
<°)))彡<°)))彡<°)))彡<°)))彡