坂口安吾/近藤ようこ『夜長姫と耳男』を読む

 

夜長姫と耳男 (ビッグコミックススペシャル)

夜長姫と耳男 (ビッグコミックススペシャル)

 

おれは近藤ようこが漫画化した『高丘親王航海記』にすっかりやられてしまったので、さらに近藤ようこ漫画を読もうと思った。

『夜長姫と耳男』。原作は坂口安吾。おれと坂口安吾坂口安吾とおれ。おれは十年か二十年か前、「夏目漱石太宰治芥川龍之介のような作家の作品を読むべきだろう」と思って、坂口安吾を何作か読んだ(夏目も太宰も芥川も読んでいない)。何作かといっても、一作や二作であって、「坂口安吾の部屋の写真はおれの部屋のようだ」と思ったくらいだった。

というわけで、おれは『夜長姫と耳男』の原作を知らない。先に近藤ようこの漫画を読んだことになる。

ある村の長者のヒメのために名工三人に声がかかる。そのうちの一人、本来指名された師匠が推薦する形でその若い弟子がヒメのもとに赴く。それが主人公の耳男だ。耳男の耳は馬のようだ。その耳男が……。

そのさきは、先に原作を読めばいいではないか。青空文庫でロハで読める。おれは先に漫画を読んで、あとに原作を読んだ。べつに先に原作を読んで、あとに漫画を読んでもいい。

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オレは茫然とヒメの顔を見つめた。冴えた無邪気な笑顔を。ツブラな澄みきった目を。そしてオレは放心した。このようにしているうちに順を追うてオレの耳が斬り落されるのをオレはみんな知っていたが、オレの目はヒメの顔を見つめたままどうすることもできなかったし、オレの心は目にこもる放心が全部であった。オレは耳をそぎ落されたのちも、ヒメをボンヤリ仰ぎ見ていた。
 オレの耳がそがれたとき、オレはヒメのツブラな目が生き生きとまるく大きく冴えるのを見た。ヒメの頬にやや赤みがさした。軽い満足があらわれて、すぐさま消えた。すると笑いも消えていた。ひどく真剣な顔だった。考え深そうな顔でもあった。なんだ、これで全部か、とヒメは怒っているように見えた。すると、ふりむいて、ヒメは物も云わず立ち去ってしまった。

このヒメがどれだけ漫画として描かれているか。これに文句をいえるやつはいないであろう。近藤ようこの「ヒメ」の顔になんの文句のつけようがあろうか。坂口安吾がどう言っただろうかはしらないが、おれはすばらしいと思った。シンプルにして無駄がない。無駄なく、底しれぬ「ヒメ」の顔がそこにはあった。

あるいは、どうしようもなく汗をかいて感情を抑えきれぬ耳男の顔、エナコの怒りの顔、それがここにはあった。あとから原作を読んでもそう思うた。そして、この小説だか物語だか説話だかはうつくしく完結する。原作を先に読んでもよい、漫画を先に読んでもよい。

それにしてもひさびさに坂口安吾を読んだものだ。坂口安吾の「オレ」はいいものだ。奇妙に引き寄せられる伝奇的な雰囲気もいいものだ。おれはずいぶん久しぶりに坂口安吾を読もうかとも思うた。なに、青空文庫にたくさんあるじゃないか。ブラウザ越しではすこし興が削がれるところはあるにしても、だ。

 

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さて、ずらりと並んだ小説家たちの名前。俺の読書の偏りからか、この中でちゃんと読んだことがあると言えるのは、坂口安吾のみ。安吾には一時期はまって、手当たり次第読み漁っていた。

さて、15年前のおれが嘘を言っているのか、今のおれが忘れてしまったのか?