天皇陛下の単勝馬券

goldhead2004-10-28

 明治天皇は、よほど競馬がお好きであった。春秋の横浜根岸競馬場へは、前後十八回も行幸になった。
吉川英治天皇と競馬」(1953年)

 日本中央競馬会の悲願、とまで言われる天覧競馬。新潟の大地震で延期となってしまった。まあ、こういう災害の際に国民を憂うのが陛下のお仕事であらせられるしかたない。しかし、競馬会や馬主会だけじゃない、僕もこの延期は残念で仕方ないのだ。
 僕が競馬を始めてから不思議に思っていたことの一つは、「なぜ天皇陛下は競馬場にいらっしゃらないのだろうか」というものであった。ご存じ、サラブレッドが走る近代競馬は、イギリスの貴族がはじめたものだ。そう、競馬は“スポーツ・オブ・キングス”だったのだ。それが、いつしか庶民のものになった。いわゆる庶民が蔑む人たちのもの、と思われる時期もあったけど、今じゃ明るく楽しいレジャーの一つだ。もちろん僕だってその恩恵にあずかって、競馬の喜怒哀楽を享受してる。けれど、競馬のどこかに「ロイヤル」があって欲しいのだ。いや、カネショウロイヤルが走ってるじゃないかとか、そういう話ではなくて。
 世界の競馬を見れば、まだ貴族が幅を利かせている。競馬をはじめた貴族とは違うけれど、その馬たちの故郷であるアラブの王族。ダンテの名を聞き「知っています、馬の名前ですね」と答えた女王。“サー”の称号を得た騎手や調教師たち。そして、ロイヤル・アスコット開催なんてものまである。それがちょっとうらやましいのだ。日本にだって天皇賞はある。年に二回もやっている。けれど、陛下はお出でにならない。
 べつに御料牧場を復活させろ、とは言わない。王侯貴族に競馬を返せ、とも言わない。庶民だけの楽しみとするのでは、競馬がもったいないと思うのだ。「庶民、庶民というけれど、馬主は庶民じゃないだろう」と仰る方もいるだろう。けれどよく見てください、今の大馬主に「ロイヤル」を感じますか? 中には由緒正しいお金持ちもいらっしゃるだろうが、そんな方は目立たない。それに、僕の好きなうさんくさい個人馬主氏たちよりも、一口馬主クラブの方が元気というありさまだ。そんな中、天覧競馬がとりおこなわれたらどうなるだろう。競馬の「ロイヤル」に魅せられて、名だたる名士たちがこぞって馬主になるかもしれない。
 もちろん、そんなの夢想だ。僕だってわかってる。日本に本当の「ロイヤル」はないのかもしれないし、名士なんてものはどこ探したって居なさそうだ。けれど、日本競馬の懐をちょっと広げる、そんな夢を見たっていいじゃないか。僕とは縁のない世界でも、競馬が広がることを考えるのは、競馬が小さくなったりなくなったりするのを考えるより、ずっと楽しいのだ。
 話を天皇賞に戻そう。王であるキングカメハメハが去り、天皇陛下のお姿も見られなくなった。もし、陛下が来られていたら、いったいどんな馬券をお買いになっただろう。なに、陛下が賭け事なんてするはずないって? それじゃせっかくの競馬がもったいない。きっと、側近を呼んでそっと耳打ちをするのだ。もちろん競馬本来の単勝式。そっと囁かれるその馬名に思いを巡らし、僕は今年の天皇賞を買おうと思う。