『詩人のノート』田村隆一

ASIN:4061983849
 ここのところ熱っぽいのが治らず、夜も眠れない。隣人は静かにしているというのに、どうにも眠れない。何か読んでいたら眠くなるかしらんと、買ったばかりの古本二冊。『詩人のノート』とアメリカ小説のアンソロジー。眠る前なら『スコッチと銭湯』(ASIN:4894560933)の詩人だな、と思ったのが運の尽き。
 西脇順三郎の引用からはじまるこの一冊、詩人は自分の詩に人の詩、鎌倉のことにインドのこと、戦争のことに灯台のこと、窓から見えることに飲んだくれたこと、実に自由奔放。イメージからイメージへ渡り歩く酔いどれ天使のごとし。
 おお、『我が秘密の生涯』(ASIN:4309461859)についての記述があったぞ。田村隆一訳じゃない分厚い一冊が父親の本棚にあって、千人斬り筆者不明氏の筆おろしくらいまでは読んだっけ。その後、我が詩人訳も手に入れたけど、序文を読んだくらいでしまってしまったかな。けれど「タムラ君、なかなかコーフンするね」。

いかなるイデオロギーにも奉仕せず、いかなる芸術運動にも参加せず、みずから「素人芸」とうそぶいて、ひたすら地獄の見せ物に精出した。六月三十日、梅雨の晴れ間をぬって、その人は、この世から静かに立ち去った。

 とは詩人金子光晴のこと。自伝関係はけっこう読んだけど、地獄の見せ物もいつか読まなきゃいけないな。
 気がつけば、佐々木見幹郎の謎解き解説まで読み終えてしまった。時計は四時を回っていた。途中で一度、地震があったのがいけないのだ。このままでは眠れない。ソラナックスでは品がない。ここは一つ、詩人に捧げるスコッチを一口。ディックは『聖なる侵入』の中でラフロイグを褒めそやしていたけれど、僕が飲むのはとっておきのザ・グレンリベット。琥珀色の液体がノドを焼き、豊饒の香りが立ちのぼる。ふと、座布団の横に寝そべるアメリカ小説のアンソロジーを手に取る。
 『and Other Stories―とっておきのアメリカ小説12篇』(ASIN:4163105409)。グレイス・ペイリーのところまで読んでしまっていたのだけれど、次の作品が柴田元幸チョイスの「荒廃地域」(スチュアート・ダイベック)。荒地の詩人の次には荒廃地域がぴったりかとつらつら読むうちに、すっかり引き込まれて最後まで読んでしまった。訳者が楽しんで訳しているのが伝わってくるような作品。読み終える頃には窓の外に朝の気配。僕はスコッチで頬を薔薇色に染めて、人類の悲惨のことなど考えない。悲惨な月曜のことだけ考えてベッドに入ったのさ。