『コーリング』岡野玲子/原作:パトリシア A.マキリップ

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 人のお家で勝手に読み始めて、三冊すべて一気に読んでしまった。俺は『陰陽師』でしか岡野玲子を知らないが、これはそれとは洋の東西を違える西洋ファンタジーもの。原作(『妖女サイベルの呼び声』ASIN:4150200017)のマキリップという人のことは全く知らないが、俺はもうとにかくこれは、ロード・ダンセイニの世界じゃないかと思ってはまり込んだ。二巻に出てくる魔術師なんてのは、『魔法使いの弟子』の魔法使いみたいじゃないか。それに、主人公が従える古の獣たち、特にイノシシの奴がいちいち話す逸話も、ダンセイニ卿の短篇を読むようであった。俺はファンタジー小説となるとダンセイニとあといくつか以外暗いところがあるが、これぞ西洋幻想小説といったところか。キリスト教的善悪以前の世界、幕が下ろされる豊饒の黄金世界。終わり方も含めて、この『コーリング』は良い作品だった。『陰陽師』みたいに、原作から遠く離れることもなかったみたいだし。
 とはいえ、ちょっとばかりの不満も書いておく。それは、物語の核ともなる主人公の心の変化についてだ。その変化をもたらして次なる行動に移らせるきっかけのシーン、そこがちょっとあっさりしすぎていたように思える。いまいちその絶望と憎悪が伝わってこなかった。だから、後から「それほどのことだったか」という気になってしまった。あそこはもっと長い、絶望の描写が続いてもよかったんじゃないか、と。まあ、そんなところか。