『ブラッド・ミュージック』グレッグ・ベア/小川隆訳

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「……トイレのそうじをしたり、おしめバケツを洗ったことのあるものなら、考えることのできる微生物だなんて、思っただけでもちぢみあがってしまうさ。それが抵抗したらどうなるんだい、ヴァージル? ママに教えておくれ」

 『ニューロマンサー』(id:goldhead:20050714#p2)、『スキズマトリックス』(id:goldhead:20050723#p1)と並び称されるサイバーパンクの一本、『ブラッド・ミュージック』。ここらあたりをして、夏のサイバーパンク祭りは幕を下ろそうか。何せこれは、その掉尾を飾るにふさわしい一本だったからな。
 ストーリーは知性ある細胞を科学者が生みだしてしまうところから始まる。それが予期せぬ形で広まり、やがて……と、なると一種のバイオハザードものであり、それも間違いでもない。しかし、これが‘80年代の『幼年期の終わり』’と評されるのは、それに留まらないからだ。人類、生命、知性、情報、物理……それら根底への問いかけとひっくりかえし。まさにSFにしかできない領域。このキック力に俺はしびれる。
 『ニューロマンサー』がサイバースペースを描いたのならば、こちらはインナースペースを描いたと言えようか。そのインナースペースも、人間の体内という意味と、精神世界という意味で。それでいてなおかつ、情報の面での取扱についてサイバースペースに通じる点があるあたりまで貪欲で、なるほどこれもサイバーパンクあたりに分類されるのもわかる。でもって、『幼年期の終わり』的なSFの直球だからいい。
 もっとも、序盤のもたつきや核ミサイルについての処理あたりはちとあれなのだが、まあ、誉めたら誉めっぱなしでもいいかな。あと、これを読んで思い出した作品を挙げれば、まず瀬名秀明の『パラサイトイヴ』(ASIN:4043405014)に、貴志祐介の『天使の囀り』(ASIN:4041979056)。あるいはアニメ『新世紀エヴァンゲリオン』を挙げたっていいし、光合堀菌なんかもそうだろうか(違うか)。まあ、バイオ物の原点がこれとは言えないけれど、こういった流れの中の大きな所にあるのが『ブラッド・ミュージック』と言ってもいいのだろう。
 しかしまあ、このあたりのSFを読んでみて思い出したのが、「今後確実に社会はエレクトロニクスとバイオで動いていく」と言い切った詩人田村隆一の言葉。まさにそのとおりだ。が、しかし、ここ最近読んだSFって八十年代初頭〜中盤のものだな。SFが一歩も二歩も一万歩も先を描くものだとしても、その後のSFもまた読んでみなければならない。果たしてどこらあたりをあたればいいのか、またしばらくしたらSFに帰ってみようと思う。