天台宗開宗1200年記念「最澄と天台の国宝」東京国立博物館

goldhead2006-04-17

http://event.yomiuri.co.jp/2006/tendai/

新日曜美術館をたまたま見た。はなさん出演の最終の日だったと思う。俺はどこかしら仏教に興味あり状態になっていたので、興味深く見た。出演していた専門家だろうか、「こんな言い方は叱られるかも知れないが、真言宗はクラシック、天台宗はポップミュージックだ」というようなことを言っていた。なるほど、真言宗弘法大師空海の存在があまりにも大きく、今に至るまで御大師さまの人気は衰えを知らない。一方で、天台の方は最澄が完全に完成させなかったがゆえに、後の弟子達がさまざまな補完(特に密教系)を行わねばならず、また、そういったところからさまざまの宗派の母胎ともなったわけだ。というわけで、せっかく国宝、重文クラスが集うのだし、行かねばならんと上野に行った。
●俺は書のことなど何もわからない(絵も彫刻もわからんが)。ただ、この俺でもさすがにこれはすごいな、と思ったのが嵯峨天皇の書(「光定戒牒」・国宝)だった。書と言っても、どちらかといえば認定書類的なものである。それでも、よくわからないが、何種類かの書体(?)を駆使しているのだろうか、まあ、何もわからないのでわからないのだが、これは何だろうかと思う素敵さだった。さすがに三筆のお一人ということになろう。ちなみにもう二人は空海橘逸勢。三人で宮廷内の書を全部書き換えたとかいう話があったっけか。(追記:司馬遼太郎の著書に「光定戒牒」が出てきたのを見つけた→http://d.hatena.ne.jp/goldhead/20060420#p3
●頭がとんがっている奇瑞で知られる智証大師(円珍)の坐像があった。写真とかで見たことがあるやつだ。ただ、実物はは思っていたよりとんがっていなかった。
法華経のパートもなかなか凄い代物があった。一字一字を色つきの蓮で彩ったものや、五重塔を細かい文字で構成させているものなど、なんというかすさまじい根気である。いや、根気、などと言っては安っぽいか。けど、消しゴムで消したり、Command+Zでアンドゥできないんだぜ。
●五十数年ぶりに『六道絵』(国宝含む)大集合。ここは人が殺到して、ある種地獄絵図が相対する形となった。ただ、やはりガラス越しで反射もあるし、遠いし、見にくいのは残念だった。仕方ないけれど。部屋に帰った後、『図説 地獄絵をよむ』(ASIN:4309726062澁澤龍彦・宮次男/二人のバラバラの著作を集めてさらに絵を添えたキマイラ的な本です)を読んで、あらためうなった次第。
●ほかにも多くの図画があったが、さすがに損傷の激しいものが多い。正直、それを見て何か感じ入るわけにはいかないというところ。無論、ここは博物館であって美術館ではない。しかし、本来の極彩色を、地獄の業火の色を思い浮かべずにはいられない。……が、それが妙に安っぽく見えてしまう可能性は少なくない。たとえば、後補として彩色された仏像があったが、あれなどもどうだろう、みたいな。とはいえ、元は彩りのある像も多いわけで、例えばどこらあたりで「これは貴重品だから手を加えるのをやめよう」とかいう判断になるのだろうか。毎年塗り直す習慣で、それが千年続いたようなものなどないのだろうか、とか。
●とはいえ、現役(?)の色つき仏像を見たければ寺か仏具店に行け、というのが正しいのかもしれない。
●やはり仏像(……と一般的に言ってしまうが、菩薩や明王、天部の像にも言うわけで、ここらあたりの総称ができなかったあたり、日本の仏教観の現れがあったりなかったりするのかどうか今思いついてみたが思いついただけ)は花形。ここまで、こう、あらゆる角度から見られても耐えるというか、この、有無を言わせぬ存在感というのか、うまくわかんねぇけど、現代彫刻とかそういうのとかもよくわかんねぇけど、仏像ってのはいいもんだ。
●一つやたら顔のリアルな、といったら変だけど、まあ誰かとしか思えない毘沙門天像があった。そういえば、この日は無かったけれど金剛力士像とかの筋骨隆々ぶりを思うに、昔もこういう体躯の持ち主が居たんだろうな、とか思った次第。
●もう、仏から逸れて逸れて仕方ないが、四天王像とかが身につけている武具は、三国志、というか横山光輝三国志でおなじみのスタイル。しかし、こういった像が造られるようになって、こういうフォルムはよく知られていたはずなのに、日本の鎧兜が全然別の形態を取ったのが面白い。誰かこういう中国風やってみた武将とかいないんだろうか。信長の西洋甲冑じゃないけれど。
●一つだけ写真パネルがあった。なんと、本来展示されるはずの曼陀羅図が、盗難に遭ったからだという。こんなショッキングな展示ははじめて見た。物は『一字金輪曼茶羅図』で、島根の鰐淵寺のもの。調べたらこちらのページ(http://www.bunkaken.net/index.files/topics/tonan.html)が出てきたが、何と事件の多いこと。盗んだ奴は『六道絵』のどの地獄に堕ちるのだろうか。
●最後の方に日吉山がらみのものが出てきて、神仏習合本地垂迹の世界。しかしまあ、はっきりいって予備知識がなかったので、あまりよくわからんのです。勉強、勉強でしょうか。
●しかし、全体的に解説文はなかなか難解でした。そりゃ好き者しか来ない(袈裟を着たお坊さんの姿もありました)のだろうが、多少不親切ではないかと。例えば、いきなり「東密」と「台密」と言われても、どうだろう。俺はここのところ興味を持ってささやかに空海がらみ、仏教絡みの本を読んだから知っていたが、同行者はわからなかった。あるいは、むしろ英訳解説の方が難解な固有名詞を避けているだけに、その文章の素性などわかることすらあった。なるほど、nationalのexamをpassしたlistか、みたいな。
●英語と言えば、法華経は「Lotus Sutra」なのね。素敵な響きだ。
●おみやげコーナーでは実にいろいろのグッズ。こういうときは、どさくさに紛れてなんでも売ってしまおうみたいなところがあって、俺はいかなる美術展であれそういうのが、好きだ。それでもきちんと『阿字観セット』など売っており本格的だったり。あと、これもどさくさだが弘法大師関連のものもあって、天台的にありなんだろうか、とか。
●それで俺は、法華経のデザインされた小さなクリアファイル(馬券入れに使う)と、指輪を一つ買った。ネパール語か何かの真言が彫り込まれたというそれは、完全にそこら中華街のチャイハネなどで買えるものだったが、真言の素性がはっきりしていたの買ったのだ。それは、「オンマニベメフーム」という真言で、藤原新也の『西蔵放浪』で読んだことがあったのだ。俺は指輪をした指が動かせば真言を唱えた気になるという勝手なチベット流を思いこみ、その結果日曜日に万馬券にありつけたのだからご利益十分だ。
●俺はどうも宗教的な厳粛とほど遠い。あらゆる信仰者に対して悪いと思うところもある。しかし、どう興味を持とうと勝手だという思いもあるし、なんだかんだいいながらリスペクトする部分は大きいのだ。ただあれだ、妻帯してロレックスしてベンツの坊主はなんかちょっとあんまりリスペクトできないというのが本音。