久方ぶりに夢を見たこと

 雨の降る夜。伊勢佐木町の方から会社へと歩く。背の高い女が声を掛けてくる。四十くらいの女。立ちんぼの女かと思う。けれどその女は地味な身なりをしている。話を聞くと、自分はXさんの知り合いで、俺を口説きに来たのだという。長身の細身で顔立ちも上品だ。好きなタイプだ。XさんとXさんの息子さんのかかっている病院の先生かもしれない。それなら問題ないと思う。誰もいない職場に引き入れる。Xさんを裏切るように思うが、このくらいかまわないと自分に言い聞かせる。最後までしなければいいのだと思う。服を脱がせると、ものすごく胸が小さい。腹から腰へかけてのラインは美しくくびれて、陰部は毛が薄く盛り上がっている。腹を触るとえらく反応するのでおもしろがる。女の持ち物から何か大学の研究所にかかわる身分証明のようなものが見える。何を研究しているのか聞くと、宇宙線について研究しているという。研究が忙しくて、恋人もできないのだという。宇宙線の一筋がたまたま人の脳に当たって、その人をおかしくすることがあるのか? と聞くと、そんな馬鹿な話はないと言って笑う。俺は笑われて恥ずかしく思い、抱きついて強く胸をつかんでじゃれて騒ぐ。祖母が向こうの部屋からやってくる。ここはもはや存在しない実家だ。存在していないのだから、祖母に見られても少々バツが悪いくらいじゃないかと思う。祖母は驚いて、笑いながら引き返す。女の後ろに回り込んでいじっていると、また祖母が来て、また帰る気配がする。ここでは落ち着かないから君の部屋に行こうぜって提案すると、女は迷ったふうに笑うが、ブラジャーをつけはじめたのでオーケーだと思う。

 目が覚めた。

 久しぶりに見た夢が、こんな風に、何かのご褒美みたいな、いやらしくて素敵な夢だった。しかし、何度か書いたことと思うが、俺は夢精をしたことがない。今日もだ。淫夢は見るが、夢精はせず。俺のあずかり知らないところで、俺の脳と身体はそういう政策をとっているようだ。
 盛大な射精をする夢だって見たことがある。目が覚めたときは「しまった!」と思う。けれども、下半身をおそるおそる確かめると、そんな痕跡はない。夢の中は夢の中で完結してしまって、現実の肉体の方に直結していない。むろん、あれがこぢんまりとしているわけではないけれども、そんなにというわけでもない。
 なんだかもやもやしたものが残る。そのまま覚めた意識と肉体の方で続きをしてしまってもいいはずだけれども、それはそれでせっかくのご馳走を台無しにするようで面白くない。それで、なんとなく夢の中の女の顔を記憶にとどめようとしてみたり、もう一度夢に入れないかと思ったりするが、そうともいかない。何かもやもやした、じっとりとあつい感覚だけ残って、やがてそれも霧散する。

 ひょっとしたら、射精を喪失したあとの、男性晩年の性とはこういうものだろうか。シャラントンのサド、Φ idée。