義足走者ピストリウスの孤独

【ロンドン14日時事】国際陸連(IAAF)は14日、両足義足の陸上選手で、アテネパラリンピック200メートル金メダルのオスカー・ピストリウス(21)=南アフリカ=が装着しているカーボン繊維製の義足が、規則で禁止されている機械的な助力を与え、公正な競技を妨げるとして、IAAF規則下の大会への出場は認められないと発表した。これにより、同選手が希望している北京五輪出場も不可能になった。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080114-00000082-jij-spo

 前にメモした……と思ったが、検索しても無かったから勘違い、ともかくテレビでパラリンピックに出場するようなアスリート、とくにランナーを見ていて思ったことがある。「そのうち健常者より速くなるんじゃないのか?」と。鍛え上げられた肉体はもちろんとして、やっぱりその、高性能義足の印象だ。SF好きとしては、どうしてもそれが「人間以上」(の可能性を秘めているように)に見えてしまう。
 もちろん、現状でピストリウスの成績がオリンピックのメダル級というわけではない。オリンピックに足りるかどうかといったところ(それでももちろんすごいんだが)。ただ、それはたまたまのこと。果たして、彼のような義足選手がオリンピックで金メダルを出したとき、100%の拍手を贈れるだろうか。俺には……ちょっと無理だ。
 もちろん、マシンの動力で動くわけではない。しかし、やはり人間を一つの競走機械として見たとき、規格が違うと言わざるを得ない(現状でも、シューズなどのメカニズムが競技に影響しているかもしれないが……)。義足にはいろいろな不利もあるかもしれないが、余りある有利だって提供できるかもしれない。できる、できないではなく「できるかもしれない」という疑念がある以上、やはり無理だと思う。少なくとも、カーボン纖維製というのはまずい。せめて、自然人体と同じメカニズムを持つ、同重量のものでなくては。
 しかし、そのうち、もうちょっと微妙な問題が出てくることもあるだろう。たとえば、人工的に再生(新生?)させた、人間の脚そのものと同一の器官といったケース。SF的な絵空事かもしれないが、可能性がまったくないと言えるだろうか。いつのことになるかわからないが、そのうちそうなるのではないだろうか。その場合、その再生された器官について有利不利ありやなしや? ということになるかもしれない。
 あるいは、人類全体(妄想話になってしまうが、サイバーパンク系SFを読んだばかりということで勘弁願いたい……)、どれだけその肉体に手を加えるか、という時代も訪れるだろう。そのとき、どこまでが「人間」とするかという定義が必要とされる時代が。そうなると今度は、このピストリウス選手のチーター脚などは、十分自然だということになるかもしれない。
 しかしながら、まだその時ではない。ピストリウスには残念な話だけれど。だけれども、ピストリウスには走り続けてもらいたい。世界最速を打ち立ててほしい。健常者のワールド・レコードをぶち抜くのだ。舞台はパラリンピックでもどこでもいい。俺は、そうなったら相当にしびれると思う。オリンピックのワールドレコードが表示されるたびに、ひとびとの脳裡をかすめる偉大なレコード。今はそれしかない、幻の大外レーンを走ってみせるしか。
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関連

銀のマーロン・シャーリー(米)がこぼしていた。「彼の義足が長すぎないか? ストライドが大きければ有利だしカーボンの反発力もすごい。人間は機械には勝てない」。

http://www.asahi.com/sports/spo/TKY200712220133.html
  • これはアテネパラリンピックで二着した選手の談話。パラリンピックで義足の統一規格はないのだろうか? 障害の度合いなどもあって、完全に同一品というわけにはいかないのだろうけど……。しかし、「人間は機械には勝てない」って、これは発言者が発言者なら大問題にもなりそうなほど強烈。そんなに違うのか?

国際陸連は、義足が不正な助力にあたるかどうか調べるという。が、そんな必要はないと思う。この成果は気の遠くなるような努力と工夫の賜物(たまもの)であり、競技力を不正に伸ばすなどということとはおよそ縁遠いのだ。

http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/ronsetu/CK2007072902036780.html
  • 「偉業」であり、「気の遠くなるような努力と工夫の賜物」、「障害とともに生きる世界中の人々を大いに勇気づけてもいる」というのは、その通りだろうと思う。けれどもしかし、「競技力を不正に伸ばす」(ここで「不正に」という言葉を挟むのは少し引っかかる)、のに縁遠いというのには首をかしげる。不正の意図がなくとも、結果的に自然人体より性能が伸びているかもしれない。感動したり、同情する気はわかるが、あまりにも技術に楽天的すぎる気がするのだ。俺が意地悪すぎるかな。