さらば笹倉師

笹倉武久調教師がラストラン

http://www.netkeiba.com/news/?pid=news_view&no=26446&category=A

 メリット制だかなんだかで広がる厩舍格差、これでいいのか? ……とか東スポが書いてたけど、まあいいんじゃねえかと俺は思う。やはり競争をベースとするプロフェッショナルの世界だけに、ずーっと最下位のまま競争の外にいられても、と、残酷だけれども。でも、いったん敗れ去ったら、おそらく現状では再起というわけにもいかない感じだけれども、一度調教師までになった人がそれも惜しい話で、何かしらそういう再開業の道があってもいいような、とも思うけれども、内厩制うんぬんの難しい話かもしれない。もちろん、減った分新しい参入者が、って面でも。
 それはそうと、この笹倉師……もうとにかくツインターボのイメージしかない(というのは嘘で、グランリーオでもよく見ました)調教師もラストランを迎えた。最後の出走馬はノーキュアノーペイ。癒しなくして、支払いなし? 逆だったら残酷……、と思いきや。

No-Cure No-Payとは「救助が成功したらそれ相応の救助料を支払い、一方で救助に失敗したら一切の救助料を支払わなくてよい」という契約

http://www.sompo-japan.co.jp/covenanter/acontact/support/hull/category1/contetns3.html

 というような意味のよう。まあ、no-no-のなくして構文なのは合っていたようだ。ところで、競馬でノー、ノーといえば、ノーノーネヴァー……もいるけれど、やはり種牡馬ノーパスノーセールが印象深い名前。「ゆずりもしなけりゃ、売りもしないのに、なんで日本におるねん」的な名前……って、これも「passなくしてsaleなし」と意味を取るのが正しいのだろうか? よくわからない。NoとNoをめぐる検索をしていたら、次のような記事を見つけた。

 こちらが紹介されているところによると、「No Cross, No Crown」の墓碑を無神論的な意味と取り違えた、アメリカ人の話が出てくる。となると、単に「No xxx, No zzz」が出てきても、文脈なくして意味とれず、ということになろうか。……しかし、こういう話題の分類にも困るので「言葉」を作ることにしよう。たまに書いてきたから、今度見返して分類し直そうっと(と、横道にそれたまま終わる)。