黒地に緑、デジタルの夢〜『トロン:レガシー』




 123456789……小さなころ、家にあった小さな電卓のことを思い出す。そのころ普及し始めていたソーラー電池式の電卓ではなく、電池を入れて使うやつだった。スイッチを入れると、黒いバックに緑色の数字が光った。灰色のバックに黒い数字が出てくる液晶よりも、ずっとずっとそっちが好きだった。

 その趣味はずっと続いた。はじめて自分のMacintoshを手に入れたときも、Kaleidscopeというソフトを使って、見た目を黒地にグリーンにしたし、壁紙もそうした。映画『マトリックス』も、なによりあの黒地にグリーンがよかった。SF趣味を知る前から、あのデジタルのグリーンが俺をとらえて離さない。

 そのような俺が、『トロン:レガシー』を観に行くのは当然のことである。すごく期待していたわけはなかったが、あの電脳の世界、グリッド、オノ=センダイ製の最先端デッキ……いや、『ニューロンマンサー』ではないのだが、少なくともディズニーが大金かけて作るのだし、3D=立体視なんかもこのあたりにはぴったりではないか、と。

 で、結果から申しますと、観ていて目がトロンとなりました(←思いついたら言わなくちゃ気が済まない性格なので。ポプラ社から二千万円もらいたい)。前作につきまとっていたという「技術はすごいが、話が……」を継承したのではないかという。いや、ストーリーの作りは至極明解というか、ほら、『スターウォーズ』に取り入れられた神話の構造解析云々の貴種流離譚に行って帰る構成に欠如の回復に、そう、ジョセフ・キャンベルの三幕構成みたいなのに、ものすごく忠実だと思う。召命も召命の辞退も、境界の越境も……、って、よくしらんけど、たぶん。でもね、やっぱりこう、なんかその、だからって面白くなるとは限らない、というような。

 なんつーのか、こう、全体的に緊張感がねえし、ワクワク、ドキドキしねえというか。主人公が向こうに呼び寄せられたのも、いまいちピンとこないし。あと、あのHDDだかサーバの中の人たちが外に出てきたからって、世界征服って言われても、なんかゲーセンからへんなコスプレしたのが出てきたところで、警察か州兵あたりが制圧して終わりなんじゃないか、とか。あと、後半に盛り上がりがなくて、なんで親父のディスクをあっさり回収しちゃうのかとかさ。主人公があんだけあの世界で強まってるのもよくわかんない。理由付けがあったらよかった。だって、電脳世界でA.I.を上回るって、超A.I.級じゃねえか。うーん、たとえば、人体ベースの世界だから、実際に血肉を持った人類の方がすげえ動ける、とか。親父が禅かぶれみたいなのは、往時のサイバーっぽくていいんだけど。

 そんで、話だけど、たとえばだけど、最初の動機からして、親父が「助けてくれ」って明確なメッセージを送ってきて(実はクルーの仕組んだ偽り、でもいい)、そのタイムリミットが8時間とか。んで、せっかく電脳世界に入るのだから、アランが外からサポートして、みたいな。やっぱこう、サイバーパンク、没入ものは、内と外、サイバースペースと肉体の関係みたいなのが面白いわけじゃん。本体争奪戦みたいな。まあ、『トロン』は肉体ごとだけど。そんでさ、あの中の人たちの現実世界への脅威というのもわかりにくいから、長い‘サイクル’のうちに、Wi-Fiでもなんでもいいけど、ひそかにネットと接続してて、A.I.だから世界混乱、世界破滅を引き起こせる(あれ、混乱は嫌いなんだっけ)とか。それで、エンコム社の中には、実はあの中の人たち(の協力者)が混じってる、とか。……いや、自分で書いてて正直面白くなるのかどうかわからんが、まあ、素人がそんな風に思ってしまったというような。

 そんでもね、いいところもある。

 まあ、Daft Punkの音楽なんだけれども。本人たち(?)がクラブのDJとしてそのまま出てくるシーンがあって、そこがよかった。そこの主もいいキャラしてて(そのわりにあっけなさすぎて拍子抜けなんだけど)、役者の人が『ロッキー・ホラー・ショー』のフランクン・フルター博士(トランシルバニア星雲のトランセクシャル星出身)やデヴィッド・ボウイ(as ジギー・スターダスト)を意識したって感じのノリノリで。そこんところの、映画館の大音量ね、これはよかった。いっそのこと、テクノ・ミュージカル映画にしちまえと。あと、もちろん、旧来であればおっさんが全身タイツで局所的に光ってる珍衣裳というところが、まったくそんなの感じさせないあたりの美術というのか、そういうの。

 ただ、グリッド感、サイバースペース感みたいなのはいまいちね。いっそのこと、「ここができたころの話だ」とかいう回想シーンを、前作のまんまでやればよかったんじゃねえのか? 全般的に、デジタルの郷愁、サイバー・ノスタルジーが足りないんだ!

 でも、最先端技術を使うのが『トロン』なのやもしらん。したら、二十数年後に続編を作るべきだな。その頃は、実際の3D、こっちが映画の中をうろうろしてるくらいかもしらん。それで、「技術はすごいが、話は……。いっそのこと、回顧シーンはメガネ式立体視でも採用すればよかったんじゃないか?」とか言われたらいいと思う。おしまい。