引っ越すべきかどうか


 わりと今住んでるアパートは気に入っている。ワンルームながらそこそこ広く、収納スペースもある(本と服が多すぎてゴミ部屋だが)。車の入れる道路から離れていて基本的に静かで、さらに入居者が減りすぎていて怖いくらい。立地がめんどうなので勧誘といえば一年に一度くらいものみの塔が来るていど。実に奇妙な建物で、そこもいい。友人を連れてくるようなタイプの人間はまず選ばない。それに、アパートの大家である不動産屋の対応もいい。騒音トラブルへの対応、エアコン、給湯器の取り換え、地デジ化対応としてケーブルテレビ化(おかげでU局大量視聴可能になってアニメ見るようになった)、など。
 なのにこのたび更新のお知らせへの返事前に、「ちょっとネットで見てみたら隣の部屋その他3部屋このアパートの家賃が今の契約より7000円も安いのだから驚いた。この部屋は気に入っているが、この経済のご時世ということもある。さすがにその差額というのは大きく感じるので、どうにかならないか相談してみたい」というようなことを言ってみたら、「担当者が出ていていない。連絡させる」という返事があって、まったく連絡が来ないので何度かせっついてみても一週間くらい返事がない。電話口のおばちゃんはいつもの人であって、たいへん申し訳なさそうなのだが、ちょっと常識的な話ではない。
 そこで大家兼不動産屋の名前からいろいろググッて、ストビューなど頼れば、東京の西の方にある本社がなんともいえないボロ屋風な街の不動産屋であること、ほかに○○建設と○○不動産の名前が併記してあること(その○○についてはアパートの古い張り紙などに記されていたので初見ではない)、その割に、あるやや大きめな緑地開発について抗議されていることなど見つける。が、ともかく本社サイトもメールもなく、「ネットで見た」と言ったところ「うちはホームページを持っていないのだが、どういったサイトで見たのか」と聞き返されるくらい。
 さて、どうなのか。このアパートには藤沢の不動産屋に紹介され、横浜の不動産屋で契約した。不動産屋は管理会社であって、それが何の連絡もなくいなくなって、直で大家兼不動産屋とやり取りするようになった。それゆれに要望などの対応が早くなっていた面はあるだろう。が、しかし、これはどういうことだろうか。
 むろん、家賃の値下げ交渉など大家にしてみればしたくないに決まっているのだ。だが、まったく返事すらよこさないというのはどうなのだろうか。交渉なのだから現状維持なら現状維持と伝えてくればいいし、そこからやり取りするもんだろう。だいたいタイムリミットのある話であって、契約更新もしくは解除の返答が12月の終わりごろ、契約満了が1月の終わり。年末年始など考えると余裕はない。返事を遅らせることで、こちらの動きを鈍らせ、余裕をなくそうというのか。
 が、こちらの余裕をなくしたところで、向こうになんのメリットがあるのか。返事がないならないなりに、こちらとしても新しい物件を探すだけのことだし、出ていく自由もある。条件が気に入らないのなら出て行け、というのならば、「値引きには応じない」と返事をよこせばいいだけではないのか。
 ……と、ここまで書いて、自分の妥結ラインというか、気持ちをメモしていないことに気づいた。値引き0ならば出ていく、だ。ネットといくつかの不動産屋の店頭で見た結果、だいたいの相場を把握したからだ。むろん、それらは撒き餌にすぎないのかもしれないが、10万円違ってくる話ではないし、だいたい今ここに俺が住んでいるというあたりで、なんとなくわかる。そして、今と同額払うならば、もう少し広い部屋もありうるという感触がある。そうだ、室内に自転車を入れるようになってから、手狭感が増したのだ。
 一方で、最初に書いたようなメリットも見逃せない。地デジ化は? ネット回線は? そして、とにかく自分の最大の要求というのは「静かなこと」だ。他人の生活音、とくにテレビの音や音楽の音に弱い。あれには弱ったし、実際弱り切ったので大家に泣きついたりしたのだ。おそらくだが、人の話し声ならそんなに気にならない。いや、中国人が一時大量に入っていたときは騒がしかったが、まったく気にならなかった。まあともかく、そのあたりの、隣人の生活音というものについては、実際に住んでみなければわかりかねる部分が大きい。むろん、空き部屋にだれか入るリスクもあるが、少なくとも現状は隣のおっさんも静かになった。悪くない。
 しかし、かといって、ネットの情報によれば、壁一枚向こうが7000円安い、というのは面白くない(もし「ネットの情報が不正確である」というのならば、「間に別の業者が入ってやっているのでしょうが、即刻削除させなければいけませんよね」と言って、削除ないし改訂を確認する。しなければいろいろなところにさす)。むろん、家賃を同額にしなければならないという義務が大家にあるわけでもないし、不当だとかいうつもりはない。しかし、面白くないし、面白くないというのは金を払いたくない大きな理由になる。月7000円、10ヶ月で70000円、大きい。月7000円増えるだけでもいろいろ買えるような気がする。どうだろうか、同じ部屋で月7000円の差額、これをすんなり飲めるほど金持ちじゃない。今までいろいろ対応してくれた恩もあるが、しかしこちらとてきちんと払うものを払ってきたし、過度の要求をした覚えもない。ゆえに、せめて同額でないにせよ、差額を詰めてくれないかという話である。3000円差くらいなら飲む、か?
 が、とうぜん、引越しにかかるもろもろも費用というものを勘案せねばならない。月7000円なら7000円の差額があって、何か月分かかるか。そもそも引越し費用があるのか(いくらか入金の予定があるのでなんとかなりそうだが。なかったらおしまい)。そのあたり、「50000円ほどの家賃に渋る人間に、引越し費用が出るはずない」と推測されている可能性もある。ゆえに、出るつもりもある、という意思表示はするつもりだが、さて交渉のテーブルについてくれないのであればそれもできない。
 というか、交渉のテーブルってなんだよ、そんなおおごとじゃねえだろ、低所得者の安単身アパートの話じゃねえか。ノーならノーで返事をよこせ。意味がわかんね。こんな少額の契約ひとつ、とっとと片付けてくれよ。そのわりに、今まで良好にやってくれていただけに、返事すらよこさないのに当惑している。あるいは、本当になにか、担当者がどこかわからないところに出てしまって戻ってこない、などという事態が起きているのか? 好意的に取り過ぎか。それとも、なんというのか、本当のオーナーが別にいて名義貸しのような状態であるとか、そういうことか? そうだとすれば、契約的に問題がありそうだし、気持ち悪い面もある。とはいえ、なんというのか、一戸建てを買うわけでもないし、勘案するほどのリスクではないかもしれないが。
 まあともかく、現状の自分のミッションとしては、実際に引越し先を探すことだ。地域の単位で選択肢はある程度限られていて、関内からできれば徒歩圏内。これである。さらに言えば、今住んでいるところの近く、古くからの住宅街で環境的に静か、というところ。走ったり、歩いたりしているので、それなりに土地鑑も出てきた。不動産情報サイトで出てくる情報を見てても、なんとなくあたりはつけられる。実際に不動産屋にも行く。
 正直、自分は新しいことはなにも大嫌いだし、現在の部屋は気に入ってる。この部屋で死ぬまでいてもいい、くらいにまで思っている。ひきこもりの気質があって、実際ひきこもっていたのだし、実家が失われなければずっと同じ部屋にいただろう。
 しかし、一方で、死ぬ前にもう一回引越しくらいしてみてもいいか、という気持ちもある。はっきり言って俺に人生の設計もなければ、10年先もないといっていい。どうでもいいという思いが強いし、どうせ無駄金に無駄飯、なんでもいいというのもあって、一回生活環境をチャラにしてみてもいい(大量にものを捨てたい)ような気もしている。
 だいたいもう、生きているために毎月毎月金を払うのも嫌になってきたし、金を払うに値する人間とも思えない。自分に餌をやるのももううんざりしている。まあ、どうなるやら五分五分、あるいは別の五分だ。