それで、そんな人間がこの本をどう読んだかというと、かなり読み応えあっておもしろかったのである。1vs2のハンデキャップマッチなんだけど、このなんつうのか、聞かれる側の度量と、聞く側のわりと苛烈なところが噛みあった感があって。感想文を書きそびれたが、これまたこないだ読んだ小熊英二の対談本『対話の回路』でも、小熊って人はわりと食らいついていくところがある印象だし、上野千鶴子もズバズバ行くし、きついところがある。あとがきで上野はこんなことを書いている。
鶴見さんは、たくさんの文章をご自分で書いてきた稀代の書き手である。座談の名手であり、数多くのインタビューも受けてきた。わたしたちは、あえて鶴見さんが語ってこなかったこと、鶴見さんの近くにいる人たちにとっては聞きにくいだろうことに踏み込んで、話を聞こうとした。だからこの対話は、長年の崇拝者の追従や、なれあいの賞賛にはなっていない。聞き手としての小熊さんは、わたしの目からは、あっけにとられるほど無遠慮な聞き手だったし、小熊さんの目からは、わたしはあまりに容赦ない追及者だったことだろう。活字の字面にはあらわれないが、対話の中には苦渋に満ちた沈黙が、しばしば訪れた。鶴見さんは宙を仰いで、ことばをしぼり出した。
と、なんかこう、全体的に達人技でするすると応答したようなもののなかに、答えにならないような答えになっていると感じるところがあるあたりもあって、なるほど、そのあたりは「苦渋に満ちた沈黙」があったのかと。そこんところを、この対談をまとめ上げた小熊英二はわりとスパっとやってしまっていたわけか。って、まあ、人間の会話やら演説のテープ起こしは自分にも経験があるけど、そのまんまじゃまず読めたもんにならないし、三点リーダーで紙面が埋め尽くされてていても紙がもったいない。しかしまあ、このあとがきの「苦渋に満ちた沈黙」を意識しながら読むと、わりとまた印象は違ってくるやもしらん。
それで、俺はまったく鶴見という人がどういう人か知らんのだけれども、おもしろそうな人と思った。好きなタイプの人といっていい。むつかしい思想のことは知らんが、小さい頃からクロポトキン読んでてマルクス主義とか共産党とか、一部エリートの独裁とか信じられないとかさ。
だけど私は基本的には懐疑論者なんだ。科学的に決定された法則に沿って歴史が動くということを信じていない。だから共産党にも入らなかったし、石母田正たちがやっていた民科(民主主義科学者教会)には、違和感があった。
あと、山口二矢にしろ三島由紀夫にしろ、左右関係なくあそこまでやれるやつは「いい人間だという感じ」を持つ、みたいなところとかさ。
……あれ見ると、自殺未遂しかできなかった自分の立場からいうと、「俺より先にきちんと終わりまでやった。偉い奴だ。いい奴だな」って思うんだよ(笑)
とか言っててさ。江藤淳についても「奥さんの後追いで自殺したことについては、やっぱりいい奴だと思いました」とか言ってて、まあなんだろう、希死念慮のある俺などみょうに面白く感じてしまうのだけれども。
つーか、なんというか、自分の祖父母世代の話を聞いているようであって面白い。そういや、おれの母方の祖父について、こないだチッソに勤めていて、戦争中なにしていたかわかんないって書いたけど、母に聞いてみたら、十五年戦争開始時にはチッソ社員として朝鮮半島か満洲にいて、現地で兵隊にとられそうになったが大地主のため……ではなく大痔主だったために落とされて内地に帰ってきたらしい。どんだけすごい痔だったんだ! しかしなんだ、日窒コンツェルンの一部として植民地にいたわけか。戦後、チッソから提携のあるペプシジャパンに出向していたらしく、祖父母の家の冷蔵庫には必ずペプシコーラが冷えていた。祖父の口から戦争体験や戦後のことを聞くことはなかったし、痔の話を聞いたこともない。ほとんど会話をしたことがない。ただ、俺が競馬をはじめたのを知って、なぜかリアルシャダイのテレホンカードをくれたことがある。
まあ、そんなんで、俺は稀代の書き手の数多くの文章も座談会も読んだことなかったんで、この本が思想的にどうこうとかそういうところでなんも言えないのだけれども、ここのところ読んだいくらかの本との照応する部分とかあったりしてさ。ああ、1960年6月15日、吉本隆明がなんかものすごい勢いで走って間違って警視庁に入っちゃったのを見てたんだ(そんなに現代の貧困の話してないけど吉本隆明『貧困と思想』 - 関内関外日記(跡地)で語ってたな)とか、やっぱり石母田正はいい人なんだとか(『対話の回路』の小熊英二vs網野善彦)、そんなんわかったわ。いや、それがなんか勉強になるのかわからんが。
……つーか、俺、勉強しとるんだろうか? 違うような気がするし、まあとりあえずどうでもいいや、おやすみ。
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なんかおととし『ANPO』って映画観て、パンフレットとか買ってんだけど、小熊英二と上野千鶴子の両方の名前もあったりして。この映画も、また今見たら違う印象があるだろうか。とりあえず、あのメガネの日本兵の顔のパンフレット探して読んでいみるか。あと、鶴見俊輔は本が多すぎて何読んでいいかわからん。
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