なにが悲しくて夜が明けるのか

 

なにが悲しくて夜が明けるのか。

おまえはまだ布団のなかにいたいのに、重い鉛の詰まった頭で起き上がらなければならない。歯を磨いたり、シャワーを浴びたり、服を着たりしなくてはいけない。服を着なければ寒いし、服を着ないで外を歩いていたらおまわりさんに捕まってしまう。なにが悲しくて裸で逮捕されなきゃいけないんだ。

理不尽と無関係に空は青い。おまえが眠っている間に降った雨が、路地を濡らしている。おまえは考える。おまえの木造アパートの部屋の前に転がっていた排泄物のことを考える。たまたま猫が来て、していったのか。それとも、だれかがおまえに悪意を持って、飼い犬かなにかの排泄物をぶちまけていったのか。なにが悲しくて朝から排泄物のことを考えなければいけないのか。それにしても、おまえのアパートの周りで猫を見ることは少ないよな。

外は天気予報の通り少し暖かく、それでも人々は冬の格好をしていた。一人だけポロシャツの中年を見た。もう春だと勘違いして飛び出したのかもしれない。冬の間はラジオを聴きながら冬眠しているのだ。今が飛び出すときだと思ったのだ。啓蟄啓蟄。しかしまた寒くなるという。しかし暖かい冬だ。三浦の大根は相当潰されているという。駅で配っているのを見たという人もいる。ポロシャツの中年もこの冬は外に出ればよかったのに。しかし、なにが悲しくて外に出なくてはいけないのかと言われてしまう。

靴を履いて外に出てしまうところが人間の不幸のはじまりだ。裸足だったらいいわけでもない。いや、むしろおまえは裸足で駆け出すべきだったのかもしれない。なんらかの生物の排泄物を踏まないように注意して。裸足で歩いていたからといって、おまわりさんには捕まらない。おまえは素足で感じるのだ、舗装された道路の痛みを。痛みを感じるところが人間の人間たる自覚のはじまりだ。なにが悲しくて自分が人間であることを再確認しなくてはいけないのか。

おまえは起きたくもないのに起きて、行きたくもないのに学校や会社へ行き、やりたくもない勉強や仕事をして、それほど食べたくもないものを食べて、すっかり疲れ切ってしまう。それでもおまえはなにかがしたくて目を開けている。けっきょくなにをするわけでもなく夜はふける。そしておまえは、夜が明けるまで眠りつづける。

なにが悲しくて夜が明けるのか。