一生女子高生と話すことのなかった男

こんな夢を見た。

おれは朝早く起きたので、新宿に行くことにした。おれは高校生で、登校前の早朝のことだ。そろそろ遅刻してしまうという時間になった。新宿にはたくさんの駅があった。どれかの電車に乗れば、逗子の学校へ行けるだろう。

と、そこで見つけたのが江ノ電の駅だった。江ノ電で鎌倉まで出てしまえば、逗子はすぐだ。おれはそう思って江ノ電に乗った。

江ノ電には屋根がなかった。楕円形の車両を囲むように木製の椅子がならんでいた。おれが座席に座ると、左隣に二人連れの女子高生がいた。近くにいた子と話し始めた。見知らぬ子だ。話し始めたきっかけはわからない。その子はおれの左耳の三つのピアスを見て、「やばくない?」みたいなことを言ってきた。「べつに問題ないよー」と言いつつ、よく見たらその子の両耳にもピアスの穴があったので、「そっちもあるじゃん」みたいなことを言い返したりした。

なんだか、妙に盛り上がった。楽しいな、と思った。思いながら、ふとおれは我に帰った。おれは高校生ではない。とっくに大人になっている。それどころか、おれは四十代じゃないか。なにを女子高生と話して盛り上がっているのか。

そう思った。普通はここで目が覚める。あるいは目が覚めたあとに思い返す。しかし、江ノ電は走り続けた。

外に、川が見えた。川の中州のようなところに、奇妙な物体を見た。ボストン・ダイナミクスが作ったような人型ロボットだった。そこに、ボディーアーマーを着て、電子的なライフルを持った男が対峙している。戦闘実験だ。ライフルを持った男が至近距離からビームを撃つ。しかし、ロボットは奇妙な動きでそれを交わす。交わしながら距離を詰めて、男に殴りかかる。男が攻撃を受けて後退。そして、江ノ電のほうにやってくる。ロボットと男は、オープンな江ノ電になだれ込んできた。車体に衝撃が走る。

衝撃のあと、さっきの女子高生が川に落ちて、人型ロボットと殴り合っている。どうして、そんなことに。しかし、人型ロボットが優勢。女の子はお腹を殴られている。と、そこで連れの子が川から友達を救い出して登ってきた。

そのあたりで夢は終わる。

夢から覚めたおれは、女子高生と話せて楽しかったな、と思った。顔もよく覚えていないが、女の子と話して盛り上がるなんて、よかったな、と思った。

そして思った。中高男子校の陰キャぼっちだったおれは、本当に男子中高生だったころ、同世代の女子と話したことがなかった。まったくなかった。大学に入ってすぐに中退してひきこもりのニートになったので、そのころも話したことがなかった。

そして、だ。四十代も過ぎた今後の人生で、おれはもう女子高生と話す機会はないであろうということだ。

「お弁当温めますか?」

「いや、いいです……」

というようなコンビニのレジでのやり取りはあるかもしれないが、会話して盛り上がることなんてないだろう。

ということは、おれは一生、女子高生(女子中学生でも女子大生でもいいが、夢がそうだったので、とりあえず)と話すことはないのだ。一生に一度もだ。これは、おれが死んだあと墓に刻んでもよいのではないか。「一生女子高生と話すことのなかった男」。

……とか思ったのだが、果たしてそれほど特異なことだろうか。思い出してみても、中高一貫の男子校に、おれのようなやつはいた。いた、どころか、校外で女子学生と遊んでいるようなやつらの方が少数派だった。ということは、わりと女子高生と話すことなく一生を終える人間も少なくないのではないか、ということだ。

ちなみに、おれが上の夢の内容をTweetしたら、「私も男子高校生と話したことないですよ」というコメントをもらった。ん? 共学以外の人間はそういうこともあるのではないか。意外と、意外に?

そう思うと……いや、思ったところでどうということはない。どうということはないが、しかしまあ、思春期に男女の楽しい語り合いをできなかったということは、もう取り戻せない。これから女子高生と楽しく話し合うことがあっても(犯罪です)、それはもう違うんだよな。やっぱり墓に刻もうかな。

しかし、夢はいいよな。若返ることもできるし、女性になれることもある。あ、べつにおれの夢からどのようにおれの無意識を解析してくれようと、勝手にしてください。まあいい、たまには空も飛んだりできる。べつにヘッドマウントディスプレイもゲーミングPCも必要ない。まったくの生身でそれができる。

いや、「できることもたまにある」だ。明晰夢となったら、これはもうほとんどありえない。脳の科学も進歩しているのだろうから、夢をコントールするという古来より人間が抱いてきた夢、これの実現はならないものか。それこそが本当のメタバースというものだろう。たったひとりの、無限の世界……。