人生でどれだけの時間をゲームに費やしてきたのか? 何を得たのか?

寄稿いたしました。

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お読みいただけただろうか。

なんとなく、ゲームの個人史を書いてみようと思ったら、書ききれなくなってしまった。本当なら、前半の密度でニート時代から今にいたるまで書きたいくらいだったが、止まらないのでやめた。

しかし、なんだろう、この日記を長年読んでいる人がいるとしたら、「おまえそんなにゲーム好きなの」、と思うかもしれない。

そんなに好きだった、といえる。

たぶん、ちょっとみんな信じられないくらいの時間をゲームに費やしてきた。たぶん、勉強をした時間より、本を読んだ時間より、漫画を読んだ時間より、なによりもゲームだった。やっていた当時すら「おれはこんなにゲームばかりしていて大丈夫だろうか」と思うくらいだった。

上の記事では格闘ゲームのことなど書いたが、費やした時間が圧倒的に多いのはシミュレーションゲームだ。光栄の歴史物もやったし、『オウガバトル』シリーズもやった。でも、一番やったのはきりのないゲーム、競馬ゲームだった。

続けようと思えば、永遠にきりのないゲーム、それが『ダビスタ』であり、『ウイポ』だ。馬を生産しては名前をつける。おれは名前をつけられるゲームが好きだ。『ベイグラントストーリー』なんかは武器に名前をつけられるので、おれのなかでは満点のゲームだった。

まあともかく、なんであんなに時間があったのか不思議なくらいだ。それでゲームクリエイターになるとかあれば、それもあれだが、そういうこともまったくなかった。競馬ゲームをやったからといって競馬を仕事にすることもなかった。単なるニートになって、それでもゲームをやりつづけた。そのころのおれは、日本でも有数の『ワースタ』プレイヤーじゃないかと思っていたくらいだ。

ああ、それにしても、あのゲームばかりしていた時間よ。自分でもなにか不毛を感じていた。もっと、なにか、有意義なことがあるのではないか。自分が間違っているのではないかと、常に思っていた。思いながらも、ゲームをやめられなかった。それがあるのかどうかしらんが、ゲーム依存症と診断されてもおかしくないくらいだった。

それなのに、なぜゲームを離れたのか。これも個人史になる。一家離散と夜逃げである。それによって、おれはゲームをするどころではなくなってしまった。一度どうしようもなく断たれると、かつてのようには戻れない。これは漫画にも言えることで、おれはかなりの漫画雑誌を購読していたが、ゲームと同じで切れてしまったら切れてしまったで、まったく離れてしまった。

そして、いくらかの余裕ができても、戻らないものなのだ。むろん、学生時代やニートのころのように時間がないということもある。持病もある。とはいえ、おれは夜逃げ後から十年くらい経って、なぜか突然アニメに目覚め、今にいたる。ゲームをまったくしないわけでも、漫画を買わないわけでもないが、割合的にはアニメばかり見ているといっていい。

それにしても、あのゲームに費やしてきた膨大な時間を、なにかべつのことに使っていたら、なにか違う自分になれただろうか、などと思わないわけでもない。とはいえ、人生は取り返しがつかない。正直、ゲームをやってきたからこれを得た、というものはない。ちょっぴり、そうでない上の世代よりもコンピュータというものに対する当て勘が強い、というくらいのものだ。とはいえ、パソコンの大先生というわけでもない。なんだったんだろう、あの時間は。とはいえ、同じ時間だけ、たとえば本を読んでいたら、おれはもっと賢くなっていたかというと、そういう気もしない。あと、おれは勉強というものができない。勉強というか、自習だ。とにかくだらだらしていたい。好きにしていたい。そのだらだらできて好きなものがゲームだった。それだけの話だ。

 

 

……今からウイポやれるかな? それよりも、ジョッキーカメラ見て、『G1ジョッキー』はちょっとやりたくなったというのはある。