『天台密教の本―王城の鬼門を護る星神の秘儀・秘伝』

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 以前手にとって読んだ『密教の本』(id:goldhead:20051107#p3)のシリーズだ。もちろんこれも古本で、価格は五百円。どうも人気のシリーズらしく、東洋西洋の宗教絡みで二十数冊出ているようだ。そして、この本には「ムー編集部」の文字も消えていたよ。
 さて、天台密教。俺はいろいろな本を読んできて、天台宗について少し疑問に思うことがあった。それは、天台宗密教の一派として真言宗と双璧を為していることだ。もちろん俺は密の中身について知るわけでも、思想について判断しただけでもない。そもそもの始まりを比べただけだ。最澄はついでに密教の部分を持ち帰ってみただけで、帰ってみたらその部分の方が本来の天台より大人気で、気づいてみたら空海密教の全部(といっていいだろう)を持ち帰ってきていた、と。ゆえに、天台は密教なのか、みたいな。
 ところがやはり、ちゃんと後継者が天台宗密教(=台密真言宗の方は東寺より東密と呼ばれるそうだ)を完成させたという経緯があったのだな。で、その大成者である円仁は、きちんと入唐して新要素を持ち帰っていたのだ。なるほどな。そして、円珍。鎌倉国宝館にも座像があったような気がするぞ、このトンガリ頭。そうか、このトンガリは「霊骸」といって、貴重なスティグマなのだな。入唐時に、こういう頭を狙って首を切られる事件があるから気をつけろと言われたらしい(頭蓋骨が呪術に使えるから)。トンガリ頭も楽じゃない。そういえば、三宅乱丈の『ぶっせん』という漫画に出てきた‘つまんだ’(というニックネーム)は、これだったんだな、多分。ああ、あれは仏教ギャグだった。また読み返してみたい。
 ほかに気になったところでは、なんだ、怪僧が多いな。そういえば、全国津々浦々あますところなく奇瑞譚をふりまく空海に比べて、最澄はそういう話が少ない。空海についてはそれ以前の信仰と結びついた(「たいし」信仰)という民俗学的な話もあるらしいが。しかし、後継者たちに進むに連れ、天台も負けてはいない。ここらあたり、信仰が民衆に浸透していった、あるいはさせていった過程と見るらしい。なるほど、純粋哲学である悉曇学をいくら説こうが、誰も聞きやしないものな。で、たとえば増賀という高僧は狂態を演ずることで知られ、内裏の三条大皇后の前で大放屁&下痢便大放出などしたらしいよ。もちろん、こういう奇行が名を高めたりするのが何というかそういうものなのだろう。
 あとは、角大師。これはもう、そのお札のデザインにメロメロ。こちら(http://kyotokawaraban.boo.jp/roziura-etc/tunodaisi.html)に画像があるけれど、なんだろう、これは。岡本太郎がアフリカで見つけてきた、みたいな。なんかイラレでトレースしてデスクトップにでも飾ろうかしらん。
 最後に、この本で一番印象深かった(とはいえ、やはり扱う範囲が狭い本なので、ディティール部分はスルーなわけですが)部分を。

 建仁元年(1201年)、京都の六角堂に参籠した比叡山の堂僧・善信は、救世観音の化身である聖徳太子から夢のお告げを得た。性欲に苦しむ善信に向かって、太子はこう告げた。
「お前が前世からの宿縁の報いで女犯せずにはおられないのなら、私が美しい女となって犯されてあげましょう(我成玉女身被犯)。一生、お前を幸せにしてやり、臨終のときには極楽に導いてあげましょう」

 なんてエロチック! これは強烈にくるものがある。澁澤龍彦あたりも好きそうな逸話。そして、このあとにこう続く。

 この太子のお告げを得たことで、善信は、本来、僧侶には許されないはずの妻帯を決意した。善信、すなわち、後の親鸞が、このとき誕生したのである。

 親鸞か! やはりこうなったら、鎌倉仏教へ読書の範囲を進めていかなければならないか。それもまたよし、又吉イエス(←極めて自己嫌悪度の高いおっさんギャグ)。

追記:その親鸞のラインの一つ上におられるのが法然だが、なんと大師号を五十年ごとに加謚されているという(http://www.jodo.or.jp/jodoshu/index5.html)。500回忌の1711年から始まって、最後が750回忌の1961年。次は2011年か。なんともスケールの大きな話ではある。しかし、大師号で呼ぶ場合はどうすりゃいいんだろう。まあ、法然上人ということでいいのか。

追記2:全然メモしていないが「星神の秘儀」とあるのは、台密には北斗七星信仰みたいなのが色濃く混じってる。大日如来を頂点とする東密が太陽の世界なら、こちらは星の世界だということだ。あと、こんな中国風の要素に、朝鮮からの渡来神・新羅明神に、お決まりの神道との融合もあって、なにか独特の世界といえるかな。その分、また枝葉の広がりもあったのだろう。