いつ以来かのタバコがまったくうまくない、おしなべて本当のことはおもしろくない

 しみったれた雨の日。ジャックモールの109シネマズ、映画へ。夜、酒を飲んで現状と今後について暗い話。俺は、本当のことをずけずけと言った。言ってもなにも傷つかなかった。俺は今までの俺とちがって、脳をいじっているので、ぜんぜん平気だった。こんなに平気だったら、俺は今ごろどうなっていたのかわからない。年収一千万あったかもしれない。まあ、そんなささいな違いは、どこかの星の俺がやってくれているのだから、どうでもよい。
 帰り道、コンビニ。東スポ、烏龍茶、そしてレジの横にあった新発売のタバコ。タバコはいつ以来かわからない。半年か、それ以上か。禁煙をしているわけではない。なんとなく吸わなくなっていただけだ。それだけのことだ。

「誉」と名づけられた軍隊専用の包装も粗雑な安煙草を、一本抜き出すと私は口にくわえて燐寸をすった。そして最初の一口を深々と吸い込んだのだが、思わず遠くを見やる目つきになっていたようだ。するとどうだろう、口の中に残っていた羊羹の甘味とひびき合って、何とも言えぬ快い刺激が湧いてきたのだ。こんなにうまい煙草をこれまでに吸ったことがあるだろうか。それは実に恍惚! とも言いたい状態で、総てを忘却して浸ることができた。私は立てつづけに三、四本は吸ったろう。その恍惚を逃したくなかったからだ。しかし最初の一本ほどの忘我のうまさは二度とやってはこなかった。

 島尾敏雄はこう書いた。俺は、どうでもよい日常の中の、タバコとの疎遠からそれを知っている。知っているはずだ。
 なのに、今度、この夜は、それがおこらなかった。タバコはただただ口の中にしぶくはりつくだけで、タバコはただただのどをいがらっぽくするだけで。
 俺は、おかしいと思って二本、三本と火をつけた。いっこうに恍惚は訪れなかったから、ダークブラウンのそのタバコの箱を、俺は、握りつぶして、いっぱいになったゴミ箱に押し込んだ。こんなはずじゃなかったって、わかるだろう? どこかの遊星のだれか。