嘘つき帝国

ある言葉を云い続けているとそれが本当になるというような話があって、其れを言霊とかなんとかいうのか知らないが、まあその様に考えられているように思う。ところがどうだろうか、私自身を顧みるに、口に出したり文字にした瞬間に、もうその瞬間に白々しいものになって仕舞うといふ感覚があって、要するに言えば言う程本当になるのでは無く、言えば言う程嘘になっていく、そんな気がするようだ。
私はちいさいころからお喋りだった。とは云え今もそうだが、大変な人見知りであって、人と関係するのに大変な苦労をしなければいけないタチで、凡そ家族の前でしかその饒舌は披露されないのであるが、よく母親に言われたのが、「アンタは本当におしゃべりね、口から生まれてきたんじゃないかしら?」という科白であった。私は中々にその表現が好きで、口先から生れた男というのも悪くないように思うのだ。
但し、余り口先というものが、良い意味と解されぬ事は承知だ。いろいろな言喭があって、沈黙がよろしいというばかりで無いにせよ、ペラペラと巧言を繰るにんげんは好しとされぬものである。 思に、言霊とかいう物も其のような考へかたから発したものであって、「言葉というのは本来重いものである、そう有るべきである」というやうな価値観があるのであつて、それによって軽口をいさめるところまで有るのだ。
しかし、私の言葉は軽い。嘘ばかりでどう仕様も無い事ばかり出てくる。また、そう有るべきであるとすら思うのだ。こうなると、私の言霊というのは、ハナから本当に成らない事が、その核にあるのであって、私は私が何か呟くたび、記す度に、全て現実や本当の事から離れて行く、離れさせるような気持になる。
そういう訳なので、もしも私の呟きや書き物を見て居る方がいらっしゃるのなら、一言伝えておきますが、私は私の言葉を発する度に、その内容に対してどこか白々しくなってしまっているのです。放出した反動で逆向に流れているようなものです。あなたが万が一何かに共感しても、私は逆に流れている事がある。それが嘘つきの帝国のルールなのです。そして、此の様な人間は私ばかりでありますまい。くれぐれもクレタ人にはご注意なされますように。