さおだけ屋ビジネスで成功する14の方法

 妻のご母堂に初めて挨拶に行ったときのことですが、「さおだけ屋はなぜ潰れないのか?」なんておっしゃるわけですね。そのとき私は頭に血がのぼってしまい、思わず手が出てしまったわけですけれども、後から考えてみたら、さおだけ屋というのはその程度のものと見られているわけです。今では義母も、義歯をいれたことでかみ合わせがよくなったと喜んでいますが、そのときは衝撃だったわけです。
 私は社員一同を集めて、こう言ったわけです。「君たちはさおだけを売って、たまをうっていないのではないか」と。これは言うまでもなくダブルミーニングです。プロ野球の、イチローのように、来た球を打てと、さおだけを北多摩で売れと、こういう意味です。弾を撃ってなんぼの世界というのが、うちらの稼業ですから、その間の家族の面倒は見ますよ、と。福利厚生というのは、企業の基本です。今はこれができていない会社が多過ぎると思うわけです。
 日本というのは単にこの場所を、この地域を言い表す、そのような単なる地名ではない。日本というのは魂なのです。地名や言葉だというのならば、言霊のたまといえる。クールジャパン? アニメ、漫画? サブカルチャー? 萌え? 口にするのもいまわしい。そうではない、日本の本質というのは、2600年以上続いた武士の精神というものであって、ああいったものはいずれ斬り捨てられる。いや、斬り捨てる。いやしくも私たちは、このような素晴らしい国の一員として、歴史に連なるものとしてこの世に生をうけたわけです。その意味というのをもう一度しっかりと噛み締めて、君らがここで商売をし、さおだけで金を稼ぐということが、お国にとってどういう意味があるのかと、それを問いたい。
 いわゆる、ベンチャーと呼ばれる世界に足を踏み入れたのは、そのころのことでしたね。世間では銭ゲバだのバブルだの言われていたが、実際に知らないからそういうことを言える。新しいものをなんでも叩くというのがこの国だ。そうではないんです。革新というものは、古いものの破壊から始まるわけです。伝統というのは古い価値観を守るようにみせかけるだけのシステム、足をひっぱるばかりです。破壊が必要なんだ。私はね、若い社員と銀座の高級店で飲んでいてね、カウンターの後ろに並んでいる誰かのキープボトルをさおだけで端から端まで全部割ってみせたんです。私たちのやろうとしていることはこれだ、と。吸殻の味の染み込んだテキーラは苦かった。
 世の中には学歴だとか、そういうものを重視する企業などあるらしいが、私に言わせればちゃんちゃらおかしい。学校で余計なことを詰め込まれたガラクタだ。その結果大企業がどうなったかといえば、このひどい有り様でしょう。だから私の会社は逆を行くと決めて、高卒だけを採ることにしたんだ。でも、やはり何か余計なところがある。それで次は幼稚園児はどうかとなったが、これがなかなか言うことを聞かないし、体力がないからさおだけの一本も担げない。それで、だんだん調べていった結果、小四の男子ならば仕事がつとまるということがわかって、小五以上の人間は全員解雇した。
 裸一貫というのが私の信条でして、たまたまの生まれではありますが、私は孤児でしたし、もとから失うものなんてなかったわけです。もちろん、そんな境遇の育ちですから、荒れ狂いました。長い竹刀を振り回して、足腰の弱った年寄りとかを殴って、小遣いを稼いでいたわけです。あの頃はやんちゃだったし、今思うと悪いことをしたと思う。けれども、いま、あの長い竹刀をさおだけに換えて、ビジネスの荒波というものと戦うという点において、あれが私の原点であったと申し上げたい。
 この時代、国家なんていうかりそめの線引きにこだわるなんて実にばかばかしい。この私の、地球の裏側にいる誰かも、肌の色や眼の色が違えど同じ人間なわけです。彼が日本人の山田くんより一本でも多くさおだけを売れるなら、迷わず地球の裏側の彼を選びます。いいですか、企業というのは国家の、国境線の軛などからは一切自由な存在なわけです。それ自体が、一個の生命、そう法人格という言葉があるが、ひとつの人格として、地球という生態系の中を生きる。私はそう考える。
 私はさおだけ屋の三代目になりますが、やはり父の影響というのは非常に大きかった。商売人の仁義というのもを、ひとつひとつ叩き込んでくれたわけです。私はアメリカ留学までして経営学修士を得ましたが、そんなことより父の教えが大きかった。でも、父の教えというのはたった三つなんです。「なにがあっても暴力はふるうな」、「決して嘘をつくな」。たったこれだけ。ばかみたいな話だが、商売をしていてこれ以外に大切な事なんてないですね。
 高校生のころになりますが、こっぴどい失恋をしたんです。私は陸上部で棒高跳びをしていたのですが、付き合い始めた彼女は野球部のマネージャーだったんですね。ある日、先に練習が終わった私が彼女を迎えに野球部の部室に行くと、信じられない光景を目の当たりにしたわけです。あまり直裁的な表現は避けますが、彼女は、野球部員のていのいい肉奴隷だったわけです。それも、率先してガタイのいい野球部員たちの汗臭い肉体をむさぼっている。逆に、野球部員たちの方は、もうほとんど事務的に処理してもらっているような感じで、なんとも奇妙でした。あとから聞いた話では、マネージャーをドラッグ漬けにするという流行があったらしい。しかし、当時の私はそんなことも知らず、それ以来女の人とは完全に距離をおくことにしました。そして、練習に明け暮れるうちに、「棒高跳びのポールに洗濯物を干したら便利なのではないか」と気づいたわけです。人間万事塞翁が馬といいますが、こんなところに発明というのは潜んでいるわけです。
 さおだけの歴史を知っていますか? 誰も知らないでしょう。私も知らない。たとえば、火薬を発明した人間だとか、ヒ素を食べる微生物を発見したのは誰だとか、それは誰でも知っている。ただ、ゴミ箱を発見したのは誰か、好きとか嫌いとか最初に言い出したのは誰か、それは知らない。ようするに、本当に大切なものというのは、誰がはじめたのか、見つけたのか、言い出したのか、わからんということだ。だから、さおだけというのも愛であるし、憎しみでもあるといえる。それゆえに、さおだけは不滅であるし、これに触れるものは幸いなのです。
 私は酒を一滴も飲まないんだ。なぜって、「さおだけ」から「さけ」を取ると、「おだ」になるわけだ。日本で「おだ」といったら「織田」なわけで、織田といえば織田信成をおいてほかにないわけだ。その織田信成が酒でどういう失敗をしたか知っていますか? 聞くまでもないことだ、天下布武を目前にして、本能寺で焼け死んだ。こんなに縁起の悪いことがあるのかという。だからね、私は一滴も酒を飲んだことはない。実はこれ、19のときに弟子入りした、さおだけの師匠の受け売りなんだがね。
 社員の福利厚生などと言いますが、そんなものは国や自治体の役割、言い方は悪いが、落ちこぼれに対する施しです。会社というのは一種の運命共同体、家族であって、敵に打ち勝つというのが最大の使命だ。だから、私は手も出しますし、足も出す。それが経営者の役割だと思ってる。ある時、けっこうな無能ものが、私のやり方をわけのわからん言葉で罵倒してね、聞いちゃおれんと思ったが、なんだか最後には自殺すると喚いた。じゃあ、とっととその窓から飛び降りろと、18階のね、そう言ったわけだ。そのアホ、ぐずぐずしてなかなか動かないから、首根っこつかんで窓際まで連れて行ったんだが、脳みそばかりか度胸もないらしく、一向に飛び降りない。そこで私は、背中に一発蹴りを食らわせて、それでようやく勇気ある一歩を踏み出せたわけなんだが、その瞬間ね、私はね、一本のさおだけを差し伸べたわけだ。まあ、間に合ったところでどうなるものでもなかったが。
 優秀な人材というのは企業にとって欠くべからざるものです。では、その人材をどう選別するのか。本当なら、ひとりひとりの人間の8代血統くらいまで調べなければならないが、そのコストは膨大です。そのために人を雇っていたのでは、割りに合わない。そこで、その選別をアウトソーシングできればいいし、無料ならばそれに越したことはない。そういうわけで、我社では、東大の人間以外は採用しないという方針を打ち出したわけです。しかし、東大の人間ばかりでは偏りがあるかもしれないし、世情というものに疎いかもしれない。世情に疎くては三本売れるさおだけも一本しか売れない。それではこまるわけです。そこで、さらに条件として、木村カエラにものすごく欲情する、という条件を付け加えたわけです。結果これが大当たりで、今や社内では、新聞を読んでいるだけで「漢字が読めるインテリだな」ということで、高く評価されるようになっている。
 イカ娘というのがヒットしておるでしょう。あれでイカ業界というのはあと百年平気だろうという、そういう話だ。それならば、さおだけ業界としても、業界を挙げて、逆にね、さおだけという方向から、人気漫画をつくると、そういう仕掛けが必要だという話になっている。仮にさおだけ娘ということにするが、イカ娘の頭からイカが生えているように、さおだけ娘の股間にもさおだけが生えている、と、こういうのはどうかと提案してみたわけだ。すると、ほかの理事から、「股間からさおだけでは、さおだけ男ではないか」という抗議が出る。それももっともだと思ったが、よく調べてみると男の娘というのも流行っておるらしい。この線で行けば勝負になると、そう思って、一体のさおだけ娘に何本のさおだけを生やすことができるか、今、研究部の方で実験しているところですね。
 どこかの役所で「すぐやる課」というのがあったでしょう。あれはいいアイディアだと思ったんですが、やはりそれを模倣するだけではイノベーションにならない、発展がない。そこで、「すぐやられる課」というのを作った。文字通り、すぐやられるわけです。しかしね、まだこれではさおだけ屋としては不十分なわけです。ほら、さおだけといのは基本的に十字架の形になりますでしょう。テーゼとアンチテーゼではダメなんですね。それで、のこりの二つに当てはまるものとして「すぐにはやらない課」と、「すぐにはやられない課」を作ったわけです。で、普通ならここで終わるところ、それではさおだけで天下は取れません、織田信長になる。ご存知のとおり、我社のさおだけは十字架のそれぞれの頂点を中心としてさらに九十度回転させた四方に伸びる十字架をそれぞれに配している。また、そのそれぞれの十字架それぞれから、さらなる十字架が展開していき、それが無限回繰り返されたのが、我社のさおだけです。今、そのすべての端点に対応する課を作るべく、特別プロジェクトチームを立ち上げていて、試算では五十六億七千万年後に結論が出るようです。
 私の父は生まれついてのさおだけ屋で、さおだけのことしか知らない。友だちのお父さんはいろいろのことを教えてくれるのに、私の父はといえばさおだけのことばかりだ。恥ずかしくもあったし、他の子をうらやんだりもした。父もそんな私の気持ちに気づいてはいたが、根っからのさおだけ屋で、さおだけ以外に語れることはなかった。ある晩のことだった。銭湯の帰り道、父とふたりだった。父がふと立ち止まると、空を見上げて言うんだ、「おまえ、星座というものを知っているかい?」と。父がさおだけ以外の話をするのは見たこともなかったのでたいへんに驚いた。小学校で習ったことがあるから、いくらかは知ってたけれども、思わず「知らない」とこたえた。すると父は明るい星を指し示し、ゆっくりと指を動かし、べつの星を指差しながらこう言った。「あれがさおだけ座だ」と。私はそれがオリオンの三つ星のうちの二つだということを知っていたし、だいたい星が二つあれば、なんでもさおだけ座になってしまう。けれども、私はこう答えたのだ。「ぼくも将来、立派なさおだけ屋になるよ」。