イルクーツクからの手紙

 わたしはあずにゃん。わたしはときどき、一枚のハガキを取り出しては、なんども読みかえす。なんども、なんども。
 その手紙は、ずっとむかしのある朝、わたしのもとに届けられた。見なれない消印が押されていた。ご両親の事情で、イルクーツクに転校してから、なかなか連絡のとれなかった澪先輩からの手紙だった。わたしはそのとき、手紙がなにを伝えたかったのか、文面以外のことは、さっぱりわからなかった。

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あずさ、ひさしぶりだな。元気にしているか?
ずいぶん連絡するのが遅くなってしまってすまない。
さて、なにから書けばいいのか迷ってしまうな。
私のほうはどうにかこちらの生活にも慣れてきて、
はっきりいってなに不自由なく暮らしている。
もちろん、最初はいろいろ不慣れなこともあって、
うかない日々が続いたのはたしかだ。
だけど、近所の人たちはとても親切にしてくれて、
めんどうを見てくれたから助かった。
だから、こちらのことは心配してくれなくていいぞ。
助け合いの精神みたいなものをこちらで学んだような気がするし、
けっこうな勢いで西側に広まっている誤解もいずれは解けるだろう。
てんでダメだったロシア語も、だんだんわかるようになってきたし、
ほんとうにイルクーツクの暮らしには満足しているんだ。
しっかりと真面目に課題をこなしていたら、
いつも目をかけてくれる地区部長からの紹介で、
今度、連邦管区の偉い人に会えることになったし、
すぐに決まる話じゃないと思うけど、モスクワの大学に進める可能性も
ぐっと近づいて来たみたいだ。

そうなれば、もっとみんなとも連絡を取りやすくなるな。そうだ、
ビックリするかも知れないが、こちらにもロックはあるんだ。
えっと、なんと言ったかな、ともかく規格を満たしたたくさんのバンドが、
とても真面目に音楽にとりくんでいる。
ハッキリ言って、私たち軽音部よりも何倍も一生懸命練習しているぞ。
地区内の集会でも、青少年団がみごとな演奏を見せてくれるんだ。
ご近所の人たちもとても楽しみにしている行事で、みんな
くぎづけになって演奏に見入ってる。
だから、早く私もまたバンドをやりたいって思うんだ。

唯、律、紬、それにさわ子先生や憂、純、ほかのみんなは元気か?
一番心配なのは梓、おまえなんだ。
こう言ってはなんだが、おまえはちょっとがんばりすぎるよな?
のんきな軽音部の空気にも、最初は慣れなかったと思う。
手紙だとうまく伝わらないかもしれないが、
がんばって悪いことはないけれども、
みんなとふんわり過ごす時間もたいせつなことなんだ。
だけど、こんなこと書かなくても、おまえはもうわかっているか。
けっこう、すぐに馴染んでしまったものな、お茶会に。
でも、ちょっとそんなやりとりをなつかしく思ってしまってな。
もうそろそろ通信用紙も尽きてしまうし、
とりあえず筆をおくことにするよ。
どんなことがあっても私は秋山澪だし、
けっして軽音部のことは忘れない。みんなと一緒にいる。いつまでも、いつまでもだ。

Счастливо. До свидания!

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 ……わたしがすっかり変わってしまった澪先輩に会うのは、もうしばらく先のことだった。
 わたしはまだ子供で、先輩たちの身に起こっていることにはなにも気づかなかったのだ。今となっては後悔すらたいせつな記憶になってしまい、追憶だけが時間を押し流していく。

 
 
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