さて、帰るか。


 なにか一つのことに専念できるような仕事をしたい……というのはとうに諦めていたつもりだったのだけれども、船長を縛りつけて脳味噌を乗っ取った水夫どもはそれが我慢ならんらしい。集中力がないのはもとからだけれども、とくに色々のことが重なったうえにさらに些事を投げかけられると、ほとんど憤激するくらいになる。これの抑えがますます効かず、予防のために飲み過ぎ注意の安定剤であからさまに黙りこくっているか、一発着火で露骨に大爆発の二通りしかレスポンスできぬありさまになっている。
 ただ、「あからさまに黙りこくっている」状態が単に無口なだけならいいが、思考まで空っぽでは話にならぬ、仕事にならぬ、飯が買えぬ。それでは困るので元気にしゃっきりしたいところだが、おれは元気になると死ぬ - 関内関外日記(跡地)ということで、しゃっきりの方は望めない。カフェインなどは効くが、効いたら効いたで爆発の方にブレーキが効かない。
 そういうわけで、アミノ酸ならプラセボと有意差なんぞないコラーゲン鍋のようなものだろうということで、フェニルアラニンチロシンサプリメントなど食べているが、これがいい方に出ているのか悪い方に出ているかもよくわからない。いずれ面倒くさくなって食わなくなるのがオチだろう。
 それにしても、なにか一つのこと、だ。それであればなんでも構わない、とはもちろん、おれの能力でできることに限るが、それだったら労働なんとか法なんぞどうでもいいくらいの量をスタハノフくらい働くことができる。百に一つ、なにかしら有能な人間でありえた可能性だってあるやもしれない。ただ、その一つのことを得られなかったところが、結局のところ無能であり、この社会への不適応ということになるのだろう。だからこうして、艦橋を占領された船長が、どこか厨房の片隅でちまちま愚痴を書き連ねているのだ。沈黙を破ってくれる武闘派コックなんぞここにはいない。せいぜい発煙筒を投げつけてみるくらいのことだ。脳の反乱水兵どもに幸あれ。
 とはいうものの、水兵が現れたというよりも、要するに欠落があったというのが正しい。部品が欠けていたのだ。それも、ちょっぴりだ。でも、この二足獣はわりと精密な機械なので、ちょっぴりやられてしまうと、なにもかも狂う。史上最弱が最も最も最も最も最も最も最も恐ろしィィマギィーーーーッ! とまでは言わないが、どうしようもない袋小路だ。なぜならば、ちょっぴりやられているだけだから、端から見るとたいして苦しくない、困ってない、もしそうだとしても、もっと重傷の人間がもっともっと山ほどいる。衛生兵はそっちを優先する。トリアージだ。そしておれは、この程度でメディーック! と叫ぶほど恥知らずであることには耐えられない。
 なので、せめて最後くらいは自分の舵を奪還したいと考えているが、いかんせんこうやって虎視眈々と機会を窺うその目はだれの目で、こうやって恥知らずで厚顔な愚痴を垂れ流しているのはだれなのか、ということだ。アイ・ハブ・コントロール? あやしいものだ。
 こんな状態で年度末になって、いよいよ破裂するのかもしれない。あるいは、それほど忙しくなかったら、こんどは経済的に破綻するだけだ。どうにか水兵どもにボルシチでもふるまってだましだましやっていくしかない。いずれトハチェフスキーを送り込んで粛清してやる。悪くない想像だ。最大の敵は身のうちにあり。外にいるとわかっているのならば、金属バットで一撃くれてやれ。簡単な話じゃないか。まったく。