いったい何をKillしたのか? 『映画大好きポンポさん』

 

――じゃあ、なんにも書かれていないワープロの画面の前にいるとしよう。きみは苦労してようやく一つの言葉を、あるいは一つの文章を書いた。その瞬間、きみは無数の可能性の中からたった一つを選んだのだ。その見方を選んだ。他の見方には目をつむった。つまり、それ以外の可能性をすべて棄てた。きみはきみが選んだ言葉以外のすべてを殺した。だとするならば、きみは、きみが殺したすべての言葉、きみが投げ捨てたすべての可能性に対して責任を負わねばならないんだ。

『官能小説家』高橋源一郎

一篇の詩が生れるためには、
われわれは殺さなければならない
多くのものを殺さなければならない
多くの愛するものを射殺し、暗殺し、毒殺するのだ

『四千の日と夜』田村隆一

 

  • 『映画大好きポンポさん』はこういう映画である。映画もまた小説や詩と同じである。おそらく、すべての表現というものと同じである。なにかを選ぶためには、なにかを殺さなければいけない。
  • 映画を作る映画である。脚本や撮影シーンより、編集のシーンがメーンになる。
  • 初めて映画監督をつとめる主人公ジーンは、その「世界一幸せ」な作業に苦悩する。
  • 偶然がもたらしたシーン、みんなの協力で生まれたシーン、素晴らしい演技のシーン。それでもカットしなくてはいけない。切る、切る、Kill!
  • その苦悩は同時に、友達もだれもいない、一人ぼっちの映画マニアとして過ごしてきた自分が、人生で切り捨ててきたこととも重なる。
  • 夢と狂気の世界である。
  • とはいえ、この映画には、そこまでの狂気がない。切っても血が流れていない。苦悩は描かれているが、その中身が描き切られているとはどうもいえないように見えた。
  • 映画を作るか、死ぬか。セリフは出てくる。上に書いたように、話の筋、創作について伝えたいことは伝わってくる。
  • 伝わってくるし、キャラにも魅力があって、テンポもよい。だが、良すぎるのだ。良くない地獄がカットされすぎているように思う。
  • よい映画だと思う。うるっとくるところもある。それでも、それって泣かせる映画で泣かせようとしてきている感じがしてしまった。
  • 創作の喜びというものは伝わってくるのだろうか。おれには喜びに疎いのでよくわからない。
  • 狂気と流血があったからといって、この映画がよくなるとは思わない。ただ、おれは、「足りないな」と感じた。
  • みなさんはどう思うだろうか。見て損はない。