正男が殺された夜に

正男は殺されちまった。おれは生きてる。生きてるだけだが生きている。幸か不幸か正男は死んだ。よく思ってたんだ、おれは独裁国家の独裁者の子供に生まれるのがいいのか、よくある日本人に生まれるのがいいのか、どっちがマシ? マジで悩んでました。

それでも今夜は言える、おれの方がマシだったって、そう言えるのは、正男がやられたからじゃねえ、おれにとって掛け値なしに駆け出したくなるちょっといいことあったから、そいつを吐き出したくなる、こんな夜だけは正男よりマジでマシだったって、呪文マシマシなくても言えるんだ。

明日になってみたらわかんねえ。聞くところによれば正男はカジノで一晩一億円、おれの稼ぎは十六円、万札あってもいつか来ちゃうよ暗殺者。それでも味わう酒池肉林、おれは貧乏、羞恥心。

それでも正男とおれはライカ犬よりマシな人生? でも行ってみたいな宇宙旅行、片道切符でかまわないから。だとすりゃやっぱり犬以下か。マイ・ライフ・アズ・ア・ドッグ、放たれた犬みたいに駆け出して、たったひとりに届けばいいさ、そんな喜び正男は知ってる? 知らない? おれ知ってる、お前知ってるかおれ知らない。

なんかいいやつかもしれないなんて、思われてるかもしれない正男、それでもマカオで豪遊、どこにあるの金の出どころ、ちょい考えてみれば正男も同罪、吊るされる側、だって金持ち独裁者の一族。なんかそれでも憎めなかった変なやつだな金正男

落ちぶれたるは我が一族、暗殺されぬが、安楽はなく、今宵も泣く泣く枕濡らす。おれの人生犬以下か、正男の国の人よりマシか。正男に夢はあったのか? 正男に喜びあったのか? 駆け出しちまうような、吐き出しちまうような、そんな夜はあったのか? おれの人生犬よりマシか? 交わることない正男とおれと、酌み交わしたかった一杯の酒。

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